はじめに
『古事記』によって日本神話の面白さを学んだところで、『古事記』に並ぶ日本最古の史書である『日本書紀』には神代をどのように記述しているのか興味が湧いた。
『古事記』はある一つの逸話に関して一つの見解で統一されたものになっているので物語としては読みやすい。一方、『日本書紀』は、多くの伝承を併記している。ある意味では客観的である反面、日本神話を物語として読もうとすると話が混乱してしまう弊害もないとは言えない。
いずれにせよ、日本最古の正史『日本書紀』には、神々の誕生から日本という国のはじまりまで、壮大な神話の世界が描かれている。
本記事では、天地創造から神武天皇の即位に至るまでの流れを、わかりやすくたどってみたいと思う。
| <目次> はじめに 天地開闢 神世七代 国産み 神産み 黄泉の国と禊、三貴神の誕生 アマテラスとスサノオ 天の岩屋戸 ヤマタノオロチ退治 大国主神と少彦名命 葦原中国の平定(国譲り) 天孫降臨──ニニギの使命 サクヤヒメとの出会いと火中出産 海幸彦と山幸彦の物語 豊玉姫の出産と別れ ウガヤフキアエズと玉依姫の子孫 おわりに──神話が語る日本の始まり |
天地開闢
日本神話のはじまりと最初の神々
私たちが暮らすこの世界は、いつ、どのようにして生まれたのでしょうか? 『日本書紀』には、天地がまだ分かれていなかった太古の時代、世界がどのように形づくられ、最初の神々がどのように現れたのかが、いくつもの伝承として語られている。
その神秘に満ちた「天地開闢」【てんちかいびゃく】の物語を、いくつかの伝承を交えながら読み進めてみよう。
混沌からの創世──天と地の誕生
はるか昔、まだ天と地の区別もなく、陰陽も分かれていない、まるで鶏の卵の中身のようにとろりとした世界が広がっていた。そこに、ほの暗くぼんやりとした気配が生まれ、やがて澄んで軽いものが上昇して「天」となり、重く濁ったものが沈んで「地」となった。
こうして、まず「天」が、そして後に「地」が形づくられ、世界が開かれていった。これが「天地開闢」、すなわち世界の始まりである。
最初に現れた三柱の神々
天地が分かれた後、国土はまだ定まらず、まるで水面に浮かぶ魚のように漂っていた。そんな中、葦の芽のようにすっと現れたのが、最初の神々である。通常、この最初の三柱の神を「造化三神」と呼ぶ。
- 国常立尊【クニノトコタチノミコト】
- 国狭槌尊【クニサツチノミコト】
- 豊斟渟尊【トヨクムヌノミコト】
これらの神々は、男女の区別もなく、独りでに生まれた尊い存在とされ、「尊」【ミコト】の称号を持つ特別な神々である。
これらの神々に続き、次々と神々が誕生し、世界の秩序が形作られていく。

御祭神は、天御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、天常立神、国常立神である。
多様な天地創造の伝承
『日本書紀』には、天地開闢に関する複数の伝承が記されている。それぞれに登場する神々や世界の成り立ちが少しずつ異なり、日本神話の多層的な性格を感じさせる。
(第一の伝承)空中に存在した神から、次の三柱が誕生した:
- 国底立尊【クニノソコタチノミコト】
- 国狭槌尊(別名:国狭立尊【クニノサタチノミコト】)
- 豊国主尊【トヨクニヌシノミコト】(多くの別名を持つ神)
(第二の伝承)大地がまだ若く、油のように漂っていた時代に生まれた神々:
- 可美葦牙彦舅尊【ウマシアシカビヒコジノミコト】
- 国常立尊
- 国狭槌尊
(第三の伝承)天地が渦巻き、形を成す前に現れた神々:
- 可美葦牙彦舅尊
- 国底立尊
(第四の伝承)天地が分かれると同時に生まれた三柱:
- 国常立尊
- 国狭槌尊(別名:天之御中主【アメノミナカヌシ】))
- 高御産巣日尊【タカスムスヒノミコト】(別名:皇産霊【ミムスヒ】)
(第五の伝承)海に浮かぶ雲のような世界から生まれた神:
- 国常立尊
(第六の伝承)空に漂う油のようなものから生まれた三柱:
- 天常立尊【アマノトコタチノミコト】
- 可美葦牙彦舅尊
- 国常立尊
神々の名に込められた尊さ
『日本書紀』では、神々の名前の末尾に「尊」や「命」(読みは同じ【ミコト】)がつくが、「尊」はより高貴で神聖な存在に使われる称号である。そのため、神々の格や役割を表す重要な手がかりとなる。
神世七代
──世界をかたちづくる神々
天地が開かれたのち、まず独りでに生まれた三柱の神が現れた。これが「造化三神」と呼ばれる三柱の神々である。この造化三神に続いて、男女のペアで生まれた四代八柱の神々が誕生した。これらを合わせて神世七代【かみのよななよ】と呼ぶ。
造化三神に続く四代八柱の神々
- 泥土煮尊【ウイジニノミコト】 &
沙土煮尊【スイジニノミコト】 - 大戸之道尊【オオトノジノミコト】 & 大苫辺尊【オオトマベノミコト】
- 面足尊 【オモダルノミコト】&
惶根尊【カシコネノミコト】 - 伊弉諾尊【イザナギノミコト】 &
伊弉冉尊【イザナミノミコト】
この最後のペア、イザナギとイザナミこそが、国土と神々を生み出す中心的な存在となる。
国産み
──オノコロ島と大八洲国の誕生
イザナギとイザナミは、天の浮橋に立ち、「この下に国があるはずだ」と語り合い、玉飾りの矛で海をかき混ぜた。矛の先から滴った海水が固まり、最初の島「オノコロ島」が誕生した。
二柱の神は、その島に降り立ち、夫婦の契りを交わして国を生もうとするが、最初の試みではイザナミが先に声をかけたため、不吉とされ、やり直すことに。今度はイザナギが先に声をかけ、ようやく正しい形で夫婦となった。
こうして生まれたのが、淡路島をはじめとする八つの島々──大八洲国【おおやしまのくに】である。
- 大日本豊秋津洲【おおやまととよあきつしま】
- 伊予二名洲【いよのふたなのしま】
- 筑紫洲【つくしのしま】
- 億岐洲【おきのしま】
- 佐度洲【さどのしま】
- 越洲【こしのしま】
- 大洲【おおしま】
- 吉備子洲【きびのしま】
その後、対馬や壱岐などの小島も、潮の泡や水の泡が固まって生まれたとされている。
神産み
──自然と神々の誕生
島々を生んだ後、イザナギとイザナミは、海・川・山・木・草など、自然界のあらゆる存在を次々と生み出していく。
- 句句廼馳【ククノチ】:木の神
- 草野姫【カヤヒメ】:草の神
- 倉稲魂命【ウカノミタマノミコト】:穀物の神
- 少童命【ワタツミノミコト】:海の神
- 山祇【ヤマツミ】:山の神
- 速秋津日命【ハヤアキツヒノミコト】:海峡の神
- 埴安神【ハニヤスノカミ】:土の神
そして、ついに「天下を治める神」を生むことを決意し、太陽の神・大日孁貴【オオヒルメノムチ】、すなわち天照大神【アマテラス】を産み出す。アマテラスは、光り輝き、国中を照らす存在となり、高天原【たかまがはら】へと送り出された。
続いて、月の神月読命【ツクヨミ】が生まれ、同じく天へと送り出された。
そして、次に生まれたのが、荒々しい性格を持つ素戔嗚尊【スサノオ】である。
火の神の誕生とイザナミの死
最後に生まれたのが、火の神・軻遇突智【カグツチ】。その炎によってイザナミは大火傷を負い、命を落としてしまう。
イザナギは深く悲しみ、涙を流す。その涙から生まれたのが、啼澤女命【ナキサワメノミコト】という神であった。
怒りに駆られたイザナギは、十握剣を抜いてカグツチを斬り、その血や体からも多くの神々が生まれた。
- 剣の刃からの血から:甕速日神、熯速日神(武甕槌神の祖)
- 剣の先からの血から:岩裂神、根裂神、磐筒男命(または磐筒女命)
- 剣の柄からの血から:闇龗、闇山祇、闇罔象
- 体から生まれた神々:雷神、大山祇神、高鼈【タカオカミ】など
また、カグツチの体を斬った部位からは、五柱の山の神・山祇【ヤマツミ】が生まれたとも伝えられている。
黄泉の国と禊、三貴神の誕生
──死と再生の神話
『日本書紀』に描かれる神話の中でも、イザナギとイザナミの別れ、そして三貴神の誕生に至る物語は、生命と死、穢れと浄化をめぐる壮大な神話の転換点である。黄泉の国の悲劇から禊【みそぎ】、そしてアマテラス・ツキヨミ・スサノオの誕生までをたどってみよう。
黄泉の国──愛と死の別れ
妻イザナミを失ったイザナギは、彼女を取り戻すために黄泉の国【よみのくに】へと旅立つ。そこでイザナミと再会するが、彼女はすでに黄泉の食物を口にしており、冥界の存在となっていた。
「わが夫よ、来るのが遅すぎました。私はもう黄泉の食を取り、眠りにつこうとしているのです。どうか、その姿を見ないでください。」
しかし、イザナギはその言葉を破り、髪飾りの櫛を灯りにしてイザナミの姿を覗いてしまう。そこにあったのは、蛆が湧き、腐敗したイザナミの変わり果てた姿であった。
驚いたイザナギは逃げ出してしまう。怒ったイザナミは、冥界の鬼女たち(泉津日狭女)を差し向けて追わせる。イザナギは髪飾りや櫛を投げ、それが葡萄や筍に変わって鬼女たちの足止めとなるが、ついにはイザナミ自身が追ってくる。
イザナギは泉津平坂【よもつひらさか】にたどり着き、巨大な岩で冥界の入口を塞いだ。そして、その岩を挟んで、イザナミと向かい合い、永遠の別れを告げる呪言を交わす。
イザナミ:「それならば、私はあなたの国の人々を一日に千人ずつ死なせましょう。」
イザナギ:「ならば私は一日に千五百人ずつ生ませよう。」
こうして、死と生の循環がこの世に定められたと伝えられている。
禊──穢れを祓い、神を生む
黄泉の国から戻ったイザナギは、「私は穢れた場所に行ってしまった」と悔い、身を清めるために日向の橘の檍原【あわきはら】で禊【みそぎ】を行う。
この禊の最中、体を洗い流すたびに多くの神々が生まれた。
- 八十枉津日神【ヤソマガツヒノカミ】:禍の神
- 神直日神【カンナオヒノカミ】・大直日神【オオナオノヒノカミ】:禍を正す神
- 底・中・表の津少童命【ツワタツミノミコト】と筒男命【ツツオノミコト】:海の神々
さらに、禊の最後にイザナギが顔を洗ったとき、三柱の貴い神(=三貴神)が誕生した。
三貴神の誕生と役割
- 天照大神(アマテラス):
- 左目を洗ったときに生まれた
- 太陽の女神
- 高天原(天界)を治める
- 月読命(ツキヨミ):
- 右目から生まれた
- 月の神
- 夜の世界を照らす
- 素戔嗚尊(スサノオ):
- 鼻を洗ったときに生まれた
- 嵐と海の神
- 地上を治めるよう命じられる
しかし、スサノオは母イザナミを慕って泣き続け、国を治めることができなかった。イザナギは怒り、「望み通りにせよ」と言い、スサノオを追放する。
月読命と保食神──昼と夜の分離
アマテラスは、弟ツキヨミに「葦原中国にいる保食神を訪ねてほしい」と命じる。ツキヨミが訪れると、保食神は口から米や魚、獣を吐き出してもてなした。
しかし、ツキヨミはこれを「穢れた行為」として怒り、保食神を斬ってしまう。これを知ったアマテラスは激怒し、「もうあなたには会いたくない」と言い、昼と夜が分かれることとなった。
保食神の亡骸からは、稲・麦・豆・粟・蚕などが生まれ、アマテラスはそれらを人々の食糧として定めた。これが農耕と養蚕の起源とされている。
アマテラスとスサノオ
誓約と神々の誕生、そして兄妹の対峙
日本神話において、太陽の女神・天照大神(アマテラス)と、海と嵐の神・素戔嗚尊(スサノオ)は、光と影、秩序と混沌を象徴する存在である。二柱の神が交わした誓約【うけい】と、そこから生まれた神々、そして高天原での緊張の物語をたどることにしよう。
スサノオ、姉に別れを告げに天へ昇る
父・イザナギから「地上を治めよ」と命じられたスサノオは、母イザナミのいる根の国へ行く決意を固める。その前に、姉アマテラスに別れを告げようと、高天原へと昇っていった。
そのとき、スサノオの荒々しい気配により、大海はうねり、山々は鳴動した。これを見たアマテラスは不安を覚えた。
「弟が来るのは、きっと良からぬ心があるに違いない。国を奪おうとしているのでは…?」
そう考えたアマテラスは、戦の装いを整え、弓矢と剣を携えてスサノオを迎え撃つ構えを見せる。
誓約──心の清さを証明する儀式
スサノオは「悪しき心など持っていません。ただ姉上に会いたかっただけです」と弁明するが、アマテラスは納得しない。そこで二柱は、互いの心の清らかさを証明するために「誓約」【うけい】という神聖な儀式を行うことにした。
アマテラスの誓約
スサノオの剣を三つに折り、天の清らかな泉「天の真名井」【あまのまない】で洗い、噛み砕いて息を吹きかけると、霧の中から三柱の女神が生まれた。
- 田心姫【タコリヒメ】
- 湍津姫【タギツヒメ】
- 市杵嶋姫【イツキシマヒメ】
スサノオの誓約
今度はアマテラスの持っていた八坂瓊の勾玉をスサノオが受け取り、同じように泉で清めて噛み砕き、息を吹きかけると、五柱の男神が生まれた。
- 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊【マサカアカツカチハヤヒアマノオシホミミ】
- 天穂日命【アメノホヒ】
- 天津彦根命【アマツヒコネ】
- 活津彦根命【イクツヒコネ】
- 熊野櫲樟日命【クマノクスビ】
アマテラスは、「勾玉は私のものだから、五柱の男神は私の子」とし、スサノオの剣から生まれた三柱の女神を「あなたの子」として授けた。
この三柱の女神は、のちに宗像三女神として筑紫(現在の福岡県)の地に祀られ、海路の守護神として信仰されるようになる。
誓約の意味と神々の役割
この誓約は、スサノオの心の清らかさを証明するための神聖な儀式であり、同時に新たな神々の誕生をもたらした。 アマテラスとスサノオの間に生まれた神々は、それぞれが後の神話や氏族の祖神として重要な役割を果たしていく。
また、この誓約を通じて、アマテラスはスサノオの心に邪がないことを認め、しばしの和解が成立した。
天の岩屋戸
──アマテラスの隠れと神々の知恵
太陽の女神・アマテラスが天の岩屋に籠もり、世界が闇に包まれた── この神話は、日本の神々の世界における最大の危機と、それを乗り越える神々の知恵と団結を描いた壮大な物語である。
スサノオの暴走、アマテラスの怒り
アマテラスとの誓約を経て、心の清らかさを証明したはずの弟・スサノオ。しかし、その後の行動は、目に余るものであった。
- アマテラスの神聖な田を荒らす
- 新嘗祭の最中に不浄な行為をする
- 神衣を織る機殿に、皮を剥いだ馬を投げ入れる
これらの行為により、アマテラスは深く傷つき、ついには天の岩屋【あまのいわや】に籠もってしまう。 岩戸を閉ざしたその瞬間、世界は闇に包まれ、昼と夜の区別がなくなった。
神々の大集会──天安河原の策謀
世界が闇に沈んだことで、八百万の神々は天の安河原【あまのやすかわら】に集まり、どうすればアマテラスを外へ導けるかを話し合う。

知恵の神・思兼神【オモイカネ】が中心となり、さまざまな神々が協力して儀式を準備した。
- 常世の長鳴鳥を集めて、夜明けのように鳴かせる
- 天香山の榊に、勾玉・鏡・幣(ぬさ)を飾る
- 天児屋命【アマノコヤネ】と太玉命【フトダマ】が祝詞を奏上
- 天鈿女命【アメノウズメ】が神がかりの舞を披露
アメノウズメの踊りに神々が大笑いする様子を聞いたアマテラスは、「なぜ私がいないのに、外がこんなに賑やかで明るいのか」と不思議に思い、岩戸を少し開けて外を覗く。
その瞬間、力の神・手力雄神【タヂカラオ】がアマテラスの手を取り、岩屋の外へと引き出した。 太玉命が注連縄【しめなわ】を張り、「もう中へ戻らないでください」と告げ、こうして世界に再び光が戻った。
スサノオの追放と贖罪
アマテラスが姿を現したことで、神々はスサノオの罪を問うた。
- 髪と爪を抜かれる
- 多くの捧げ物を差し出す
- そしてついに高天原から追放
ヤマタノオロチ退治
──スサノオの勇気と愛の神話
高天原を追放されたスサノオは、地上の出雲の国へと降り立つ。そこから始まるのは、恐ろしい八つの頭を持つ大蛇「ヤマタノオロチ」との壮絶な戦い、そして運命の出会いの物語である。
出雲の地で出会った涙の親子
スサノオが出雲の簸の川【ひのかわ】のほとりに降り立つと、川辺で泣いている老夫婦と一人の少女に出会う。 老夫婦の名は脚摩乳【アシナヅチ】と手摩乳【テナヅチ】、そして娘の名は奇稲田姫【クシイナダヒメ】。
「私たちには八人の娘がいましたが、毎年、恐ろしい八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に一人ずつ呑まれてしまいました。 今年はこの娘が呑まれる番なのです…」
そう語る二人に、スサノオはこう申し出た。「その娘を私にください。代わりに、ヤマタノオロチを退治しましょう。」
老夫婦は涙ながらに承諾し、スサノオはクシイナダヒメを神聖な櫛に変えて自らの髪に挿し、戦いの準備を始めた。
スサノオの計略──八つの酒で眠らせる
スサノオは老夫婦に命じて、よく醸した強い酒を八つの桶に用意させ、仮の棚を八面設けてそれぞれに酒を置いた。
やがて現れたヤマタノオロチは、八つの頭をそれぞれの桶に突っ込み、酒を飲み干して酔い潰れた。
その姿は恐ろしく、背には松や柏が生え、八つの山と谷を覆うほどの巨体。目は赤く光り、まるで赤いホオズキのようだったという。
十握剣での壮絶な討伐
ヤマタノオロチが眠ったのを見計らい、スサノオは腰の十握剣【とつかのつるぎ】を抜き、八つの頭と尾を次々に斬り落としていく。
最後の尾を斬ったとき、剣の刃が欠けた。不思議に思って尾を割いてみると、そこから一本の輝く剣が現れる。これが後に「草薙剣」【くさなぎのつるぎ】と呼ばれる、三種の神器のひとつである。
スサノオはこの剣を「私のものとするには恐れ多い」として、姉・アマテラスに献上した。
須賀の地での新たなはじまり
ヤマタノオロチを退治したスサノオは、クシイナダヒメと共に新たな住まいを探し、出雲の須賀【すが】の地にたどり着く。「ああ、私の心は清々しい。」そう語ったことから、この地は「須賀」と呼ばれるようになったと伝えられている。
スサノオはここに宮を建て、次のような和歌を詠んだ。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
八重垣作る その八重垣を
これは日本最古の和歌とされ、須賀神社には今もこの歌を刻んだ碑が残されている。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
大国主神の誕生とスサノオの旅立ち
スサノオとクシイナダヒメの間には、やがて大己貴神【オオアナムチ】が生まれる。 この神こそ、のちに国造りの神として知られる大国主神【オオクニヌシ】である。
スサノオは、「我が子の宮の首長は、脚摩乳と手摩乳である」と言い、老夫婦を「稲田宮主神」【イナダノミヤノヌシノカミ】として祀るよう命じた。
その後、スサノオは根の国へと旅立ち、地上の世界を後にした。
大国主神と少彦名命
──国づくりと神霊との出会い
スサノオの子孫である、出雲の神・大国主神【オオクニヌシノカミ】は、日本神話における国づくりの主役である。 その名は数多くあり、神格の広さと深さを物語っている。
大国主神のさまざまな名
伝承によれば、大国主神には多くの別名があり、それぞれが異なる側面を表している。
- 大物主神【オオモノヌシ】
- 大己貴命【オオアナムチ】
- 葦原醜男【アシワラノシコオ】
- 八千戈神【ヤチホコ】
- 大国玉神【オオクニタマ】
- 顕国玉神【ウツシクニタマ】
そして、なんと181柱もの御子神がいたとも伝えられている。
小さな神・少彦名命との出会い
大国主神が国を築いていたある日、出雲の海辺で不思議な声を耳にする。 探してみると、ヤマカガミの皮で作った舟に乗り、ミソサザイの羽をまとった小さな神が波間に漂っていた。
その神の名は少彦名命【スクナヒコナ】。 高天原の神・高皇産霊尊【タカミムスヒ】の子で、指の間からこぼれ落ちた存在とされる。
「この子は私の教えに従わなかったが、愛すべき存在。どうか育ててほしい。」
こうして、大国主神と少彦名命はバディとなり、国づくりを進めていく。
国づくりと医療・農業のはじまり
二柱は協力して、葦原中国【あしはらのなかつくに】を整え、 人々のために病気の治療法や、鳥獣・虫害を防ぐ術を定めた。
「我らが造った国は、善く出来たと言えるだろうか?」
大国主神の問いに、少彦名命はこう答える。「よく出来た所もあるが、まだ不出来な所もある。」
やがて少彦名命は、出雲の熊野の岬から常世【とこよ】へと旅立つ。 一説には、粟の茎によじ登り、それに弾かれて常世の国へ行ったとも。
神霊との対話──三輪山の神の声
少彦名命が去った後、大国主神は一人で国を巡り、未完成の地を整えていく。そしてある日、出雲の稲佐の浜で食事をしようとしたとき、海上に不思議な光が現れ、声が響いた。
「私がいなければ、お前はこの国を治めることはできなかった。私はお前の幸魂【さきみたま】・奇魂【くしみたま】である。」
大国主神はその声に敬意を表し、「どこにお住まいになりたいですか?」と尋ねる。 するとその神霊は、「三諸山」【みもろやま】に住みたい」と答えた。
こうして、大国主神はその山に宮を建て、神霊を祀った。 この神こそが、のちに大三輪神【オオミワノカミ】として知られる存在である。
葦原中国の平定(国譲り)
天孫降臨への道を開いた神々の交渉劇
日本神話における「葦原中国」とは、私たちの住む地上世界のこと。 この地を天の神々が治めるために、どのような交渉と戦いがあったのか── 大国主神と天の神々との間で繰り広げられた「国譲り」の物語をたどっていく。
天孫ニニギのための地上世界
アマテラスの子・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊【マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミ】と、高皇産霊尊の娘・栲幡千千姫【タクハタチチヒメ)の間に生まれたのが、天津彦彦火瓊瓊杵尊【アマツヒコヒコホノニニギ】、通称ニニギである。
高皇産霊尊【タカミムスヒ】はこの孫・ニニギを溺愛し、地上世界の支配者にしようと考えた。 しかし、地上にはまだ多くの荒ぶる神々がいて、草木さえも言葉を発する混沌とした世界。 そこで、天から使者を送り、地上を平定しようとする。
失敗続きの使者たち:
天穂日命【アメノホヒ】
最初に選ばれたのは、アマテラスの子であり、ニニギの叔父にあたる天穂日命。 しかし、地上に降りた彼は大国主神に取り入ってしまい、三年経っても報告をしなかった。
その子・武三熊之大人【タケミクマノウシ】も派遣されたが、同じく復命せず。
天稚彦【アメワカヒコ】
次に選ばれたのは、若く有望な神・天稚彦。 彼には天鹿児弓【あまのかごゆみ】と天羽羽矢【あまのははや】が授けられ、地上へと派遣される。
しかし、彼もまた大国主神の娘・下照姫【シタテルヒメ】を娶り、地上に留まってしまう。
高皇産霊尊は様子を探るため、無名雉【ナナシキギシ】を使者として送るが、天稚彦はその雉を射殺。 その矢は天上まで届き、怒った高皇産霊尊が矢を投げ返すと、天稚彦の胸に命中し、彼は命を落とす。
この悲劇の中、彼の親友・味耜高彦根神【アジスキタカヒコネ】が弔問に訪れるが、天稚彦に瓜二つだったため、遺族に本人と間違えられ激怒。 喪屋を切り倒し、それが地上に落ちて美濃国の喪山【もやま】になったと伝えられている。
武甕槌神と経津主神、ついに出陣!
失敗が続く中、ついに選ばれたのが、剣の神・武甕槌神【タケミカヅチ】と、経津主神【フツヌシ】。 二柱の神は出雲の稲佐の浜に降り立ち、剣を逆さに突き立てて座り、大国主神に問いかけた。
「天津神の皇孫がこの地を治めようとしている。お前は国を譲るか、否か?」
大国主神は即答せず、「まずは我が子に相談を」と返す。
事代主神の決断、そして国譲りへ
大国主神の子・事代主神【コトシロヌシ】は、美保の崎で釣りをしていた。 使者が訪れ、天津神の意向を伝えると、事代主神はこう答えた。「父上は抵抗しない方がよいでしょう。私も従います。」
そう言って、海に幾重もの青柴垣【あおふがき】を築き、海中へと姿を消した。
これを聞いた大国主神は、潔く国を譲る決意を固める。「私が退けば、他の神々も争うことはないでしょう。」
そして、国を治めるために使っていた広矛を献上し、こう語った。
「この矛を天孫が用いれば、国は平安となるでしょう。私はこれより幽界(死後の世界)に参ります。」
国譲りの条件と大国主神の退去
別の伝承では、国譲りに際して詳細な条件が提示されたとされる。
- 大国主神は幽界の神事を担当する
- 立派な宮を建てて祀る
- 供田や橋、船などを整備する
- 祭祀は天穂日命が担う
これらの条件に、大国主神は深く感動し、国を譲ることを正式に承諾。 そして、八坂瓊の勾玉を身に着け、永久に姿を消したと伝えられている。
地上の平定と神々の帰還
武甕槌神と経津主神は、地上に残る反抗的な神々を平定。 唯一従わなかった星の神・香香背男【カカセオ】も、建葉槌命によって屈服させられる。
こうして地上は完全に平定され、二柱は天に戻って報告を行った。
天孫降臨──ニニギの使命
葦原中国が平定されたのち、アマテラスと高皇産霊尊は、いよいよ天孫・ニニギを地上に送り出すことを決意する。 この「天孫降臨」は、神々の世界から人の世界へとつながる、日本神話の大きな転換点である。
天の八重雲を押し分けて天孫降臨
高皇産霊尊は、真床追衾【まとこおうふすま】という神聖な襖でニニギを包み、天の磐座【いわくら】から送り出した。 ニニギは、天の八重雲を押し開き、天の道を踏み分けて、勢いよく地上へと降りていく。
降り立ったのは、日向の襲【ひむか】の高千穂の峯【たかちほのみね】。 ここは、今も「天孫降臨の地」として知られ、神話の聖地とされている。
地上での出会い─事勝国勝長狭との対話
ニニギはさらに歩を進め、吾田国【あたくに】の笠狭崎【かささのみさき】にたどり着く。 そこには一人の人物がいて、自らを事勝国勝長狭【ことかつくにかつながさ】と名乗った。
ニニギが「ここに国はあるか」と尋ねると、事勝国勝長狭はこう答える。「国はございます。どうぞご自由にお治めください。」
この言葉を受けて、ニニギはこの地に宮殿を建て、しばし留まることにした。
三種の神器と天照大神の言葉
別の伝承では、天照大神(アマテラス)がニニギに三種の神器を授けたとされている。
- 八坂瓊曲玉【やさかにのまがたま】
- 八咫鏡【やたのかがみ】
- 草薙剣【くさなぎのつるぎ】
これらは、天孫が地上を治めるための象徴であり、現在も皇室の三種の神器として伝えられている。
天照大神は、ニニギにこう語りかけた。「葦原の千五百秋の瑞穂の国は、あなたの子孫が治めるべき国です。 さあ、行きなさい。天の宝の位【あまつひつぎ】の栄えは、天地と共に永遠であるでしょう。」
事勝国勝長狭の正体とは?
一説によれば、ニニギと出会った事勝国勝長狭は、実はイザナギの子であり、塩土老翁【しおつちのおじ】とも呼ばれる神。 海の神として知られ、後に山幸彦をも導く重要な存在となる。
サクヤヒメとの出会いと火中出産
日本神話の中でも、ひときわロマンチックでドラマチックな物語がある。それが、天孫ニニギノミコト(天照大御神の孫)と、美しきコノハナサクヤヒメ(山の神の娘)の出会いと愛の物語である。神々の恋と誕生、そして命の儚さにまつわる神話をひもといていこう。
高千穂に降り立った天孫・ニニギ
天照大御神の孫、ニニギはアマテラスの命を受けて地上に降臨する。舞台は日向の高千穂峰。そこに宮殿を築き、地上での暮らしを始めた。
ある日、浜辺を歩いていたニニギは、ひとりの美しい女性に出会う。彼女の名はコノハナサクヤヒメ。山の神・大山祇神【オオヤマツミノカミ】の娘で、姉にイワナガヒメという女性がいると語る。
美しき妹と、拒まれた姉
ニニギはコノハナサクヤヒメに一目惚れし、彼女を妻に迎えたいと申し出る。サクヤヒメは「父にお尋ねください」と答え、ニニギは大山祇神のもとへ。
大山祇神は大喜びで、二人の娘を贈るが、ニニギは姉のイワナガヒメを「醜い」として送り返し、妹のサクヤヒメだけを娶った。
この出来事に深く傷ついたイワナガヒメは、「もし私も共に召されていれば、子孫は永遠の命を得たでしょう。だが妹だけが選ばれた今、天孫の子孫は木の花のように儚く散る運命にある」と呪いの言葉を残こす。これが、日本人の命が短いとされる神話的な由来であるとされる。
一夜の契りと、疑いの言葉
ニニギと結ばれたその夜、サクヤヒメはすぐに身ごもる。しかし、ニニギは「一夜で妊娠するなど信じがたい。私の子ではないのでは」と疑いの言葉を口にしてしまう。サクヤヒメは深く恥じ、そして決意する。
火中での出産、神の子の誕生
サクヤヒメは、戸のない密室「無戸室」【うつむろ】を作り、「もしこの子たちが天孫の子でなければ、私たちは焼け死ぬでしょう」と誓い、部屋に火を放った。
炎が燃え盛る中、彼女は三柱の神を無事に出産する。
- 火酢芹命【ホノスセリノミコト】
- 火明命【ホノアカリノミコト】
- 彦火火出見尊【ヒコホホデミノミコト】(別名:火折尊【ホオリノミコト】
炎の中でも母子ともに無事だったことで、子どもたちがまぎれもなくニニギの子であることが証明された。
サクヤヒメの誇りと沈黙
出産を終えたサクヤヒメは、ニニギのもとへ戻り「火の中でも無事だったのは、私と子が天津神の血を引いている証です」と告げる。
ニニギは「最初から我が子と信じていた。ただ、世の人々にその証を示したかったのだ」と弁明するが、サクヤヒメは深く傷つき、以後ニニギと口をきくことはなかったと伝えられている。
海幸彦と山幸彦の物語
兄弟の試練と海神の宮の奇跡
日本神話には、自然の恵みを象徴する「山の幸」と「海の幸」をめぐる、兄弟神の壮大な物語が語り継がれている。兄・海幸彦と弟・山幸彦のすれ違いと和解、そして海神の宮での不思議な冒険をたどってみよう。
彦火火出見尊【ヒコホホデミノミコト】は、山の恵みを得る力を持つ「山幸彦」。一方、兄の火闌降命【ホノスソリノミコト】は、海の恵みを司る「海幸彦」として知られている。
ある日、二人は「お互いの得意分野を交換してみよう」と提案し合う。山幸彦は兄の釣針を借りて海へ、海幸彦は弟の弓矢を持って山へ向かった。
しかし結果は散々。山幸彦は魚を釣れず、しかも兄の釣針を海に落としてしまう。海幸彦もまた、山で獲物を得られず、落胆して帰ってきた。
失われた釣針と兄の怒り
山幸彦は釣針を失ったことを詫び、新たに針を鍛えて兄に渡すが、海幸彦は「元の針でなければ意味がない」と怒りをあらわにする。弟がいくら新しい針を贈っても、兄の怒りは収まらない。
困り果てた山幸彦は、海辺で嘆き悲しんでいた。
塩土老翁に出会い、海神の宮へ
そのとき現れたのが、神秘的な老人・塩土老翁【シオツツノオジ】。事情を聞いた老翁は「心配いりません」と言い、山幸彦を特別な籠に乗せて海の底へ送り出す。
やがて山幸彦は、光り輝く海神【ワタツミ】の宮殿にたどり着く。門前の井戸のそばに立っていた彼を見つけたのは、海神の美しい娘、豊玉姫【トヨタマヒメ】であった。
海神のもてなしと釣針の発見
山幸彦は海神に迎えられ、事情を話す。海神は海の魚たちを集めて釣針の行方を尋ねると、赤鯛の口の中から失われた針が見つかった。
海神は釣針を返すだけでなく、山幸彦に潮満玉【しおみちのたま】と潮干玉【しおひのたま】という不思議な宝玉を授ける。これらは潮を満ち引きさせる力を持ち、後に大きな力を発揮することになる。
豊玉姫との結婚と別れ
山幸彦は豊玉姫と結ばれ、海神の宮で三年間を過ごす。しかし、やがて故郷を思う気持ちが募り、帰郷を願い出る。
豊玉姫は「私はすでにあなたの子を身ごもっています。出産のときは、波風の強い日に浜辺に参ります。どうか産屋を建ててお迎えください」と告げ、山幸彦を送り出す。
兄との決着、そして和解へ
地上に戻った山幸彦は、海神の教え通りに兄に釣針を返す。その際、「これは貧乏の針、苦しみの針」と呪いの言葉を添えて渡した。
さらに、潮満玉を使って海を満たし、兄を溺れさせ、潮干玉で助けるという手段を繰り返す。ついに海幸彦は降伏し、「私の子孫は、あなたの家の門の前で仕える者となりましょう」と誓った。
豊玉姫の出産と別れ
海と陸を隔てた涙の物語
神話の世界には、愛と誓い、そして別れの物語が数多く語られている。山幸彦と豊玉姫(海神の娘)の間に生まれた子の誕生と、二人の切ない別れを描いた物語もそのひとつである。
約束の日、海から現れた豊玉姫
山幸彦と豊玉姫は、海神の宮で結ばれ、やがて子を授かる。豊玉姫は山幸彦にこう告げた。
「私はもうすぐ子を産みます。風と波が荒れる日に、妹の玉依姫【タマヨリヒメ】と共に海辺へ参ります。どうか私のために産屋を建ててお待ちください」
山幸彦はその言葉通り、鵜の羽で屋根を葺いた産屋を海辺に建てて待った。しかし、屋根がまだ葺き終わらぬうちに、豊玉姫は大亀に乗って現れる。すでに産気づいていた彼女は、急ぎ産屋に入り、山幸彦にこう頼んだ。
「どうか、私が子を産むところは見ないでください」
禁を破った山幸彦、明かされた正体
しかし、山幸彦はその言葉に疑念を抱き、こっそりと産屋を覗いてしまう。すると、そこにいたのは人の姿ではなく、巨大な鰐【わに】=海の神の姿となった豊玉姫であった。
彼女は、神の本来の姿を見られたことを深く恥じ、悲しみに暮れる。
「もし私を覗かなければ、海と陸は永遠に行き来できたでしょう。けれど、もうそれは叶いません」
そう言い残し、豊玉姫は生まれた子を草で包み、海辺に置いて海へと帰ってしまった。
赤子の名は「ウガヤフキアエズ」
豊玉姫が産んだ子の名は、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊【ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト】。長い名前には、深い意味が込められている。
「鵜の羽で屋根を葺く産屋が、まだ葺き終わらぬうちに生まれた子」という意味で、「草葺不合(カヤフキアエズ)」と名付けられたという。
豊玉姫の想いと妹・玉依姫の役目
豊玉姫は、我が子を置いて去ったものの、その後も子のことが気がかりでならなかった。しかし、自ら育てることは「義に反する」として、妹の玉依姫に託す。
玉依姫は、姉の代わりにウガヤフキアエズを育て上げた。
ある伝承では、豊玉姫が妹に託す際、山幸彦への想いを込めた和歌(挙歌)を贈ったとも伝えられている。海と陸を隔てることになった二人の別れは、まさに神話の中でも屈指の悲恋である。
ウガヤフキアエズと玉依姫の子孫
神武天皇へと続く血脈
海神の娘・豊玉姫と山幸彦の間に生まれた子、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊【ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト】。その名は、鵜の羽で屋根を葺く産屋が完成する前に生まれたことに由来している。この神の子は、母・豊玉姫の妹であり、自らの養育者でもあった玉依姫【タマヨリヒメ】を妃に迎え、やがて四柱の男神をもうけた。
四人の神の誕生
ウガヤフキアエズと玉依姫の間に生まれたのは、次の四柱の神々である。
- 彦五瀬命【ヒコイツセノミコト】
- 稲飯命【イナイノミコト】
- 三毛入野命【ミケイリノミコト】
- 狭野尊【サノノミコト】のちの神日本磐余彦尊【カムヤマトイワレビコノミコト】=神武天皇
この末子・狭野尊こそが、のちに日本を統一し、初代天皇として即位する神武天皇である。
神武天皇の誕生と日本建国の始まり
狭野尊は、後に「八洲【やしま】を治める者」として、名を神日本磐余彦尊【カムヤマトイワレビコ】と改める。神武天皇として知られるこの神は、神々の血を引く存在として、神話から歴史への橋渡しを果たした。
ウガヤフキアエズの最期と陵墓
ウガヤフキアエズは、長い年月を経て西洲の宮【にしのくにのみや】でその生涯を終えました。その御陵は、現在の日向・吾平山上陵【あひらのやまのうえのみささぎ】にあると伝えられている。
おわりに──神話が語る、日本のはじまり
『日本書紀』に描かれた神々と英雄たちの物語は、ただの伝説ではなく、日本という国の精神や文化の根幹を形づくる大切な物語である。
天地創造から神武天皇の即位まで、神々の意志と人々の営みが織りなす壮大な叙事詩は、今も私たちの心に深く響き続けている。
神話のはじまりに触れる
天地が開かれ、神々が次々と現れるこの物語は、日本神話の原点であり、後に続くスサノオやアマテラス、ニニギ、神武天皇へと続く壮大な系譜の第一章である。
混沌から秩序が生まれ、神々が世界を形づくっていく様子は、まるで水が流れ、形を変えながら命を育んでいくようである。そんな神秘のはじまりを感じながら、イザナギとイザナミの「国産み」へと続いていく・・・
命のはじまりと終わりの物語
イザナギとイザナミの物語は、国土の創造、自然の誕生、そして生命と死のはじまりを描いた壮大な神話である。 火の神の誕生によって訪れた死と再生のドラマは、やがて黄泉の国の物語、そして三貴神の活躍へとつながっていく。
死と再生の神話が語るもの
黄泉の国での別れ、禊による浄化、そして三貴神の誕生──この一連の物語は、死と再生、穢れと祓い、光と闇の分離という、日本神話の根幹をなすテーマが凝縮されている。
光と影の兄妹神
アマテラスとスサノオの誓約は、ただの兄妹のやりとりではなく、秩序と混沌の調和を象徴する神話的な儀式でもあった。しかし、この和解も束の間。スサノオの荒ぶる性質は、やがて高天原に混乱をもたらし、次なる神話「天岩戸」へとつながっていく。
光を取り戻した神々の知恵
「天の岩屋戸」の物語は、混乱と秩序、闇と光、罪と赦しを描いた、日本神話の中でも特に象徴的なエピソードである。
神々が力を合わせ、知恵と芸能で危機を乗り越える姿は、今も多くの人々の心に響き続けている。
この後、高天原を追放されたスサノオは地上に降り、出雲の地でヤマタノオロチと対峙することになる。
英雄神スサノオの真の姿
荒ぶる神として知られるスサノオであるが、ヤマタノオロチ退治の物語では知恵と勇気、そして愛を持つ英雄として描かれている。 ヤマタノオロチを退治し、クシイナダヒメを救い、草薙剣も献上した。そして、出雲に新たな命を育んだスサノオの姿は、まさに神話のヒーローそのものだ。
国を築くということ
大国主神の物語は、ただの英雄譚ではない。仲間との協働、神霊との対話、そして謙虚な心があってこそ、国は形づくられていくのだと教えてくれる。
国譲りが開いた天孫降臨への道
「国譲り」の物語は、地上の支配権が天の神々へと移るという、日本神話の大きな転換点。 大国主神の潔い決断と、天の神々の粘り強い交渉が、やがてニニギの天孫降臨へとつながっていく。
神々の意志が地上に根づくとき
天孫・ニニギは地上に降り立ち、神々の意志を受け継いで新たな時代を切り開いていく。 この「天孫降臨」は、やがて神武天皇の即位へとつながり、日本の国のはじまりを告げる物語の核心となる。
命の儚さと、神々の愛のかたち
ニニギとサクヤヒメの物語は、命の儚さや、愛と疑い、誇りと試練といったテーマを内包している。コノハナサクヤヒメの名は「木の花が咲くように美しい姫」という意味を持ち、その名の通り、彼女の物語は美しくも切ない余韻を残す。
そして、彼女が産んだ彦火火出見尊【ヒコホホデミノミコト】は、のちに山幸彦として活躍し、神武天皇の祖先となる。
神話が語る教訓とは?
海幸彦と山幸彦の物語は、自然の恵みの違いや、兄弟の確執と和解、そして試練を乗り越えることで得られる成長と信頼を描いている。
海と陸が交わらなくなった理由
海と陸、神と人、愛と誓い。 豊玉姫と山幸彦の物語は、今もなお、私たちの心に深い余韻を残している。
山幸彦と豊玉姫の物語は、なぜ海と陸が交わらなくなったのかという神話的な理由も語っている。山幸彦が豊玉姫の出産を覗き見したために、豊玉姫が「恥をかかされた」として海路を閉ざしたことが、その始まりとされている。
そして、神武天皇へとつながる血脈
山幸彦と豊玉姫の間に生まれた子・鵜草葺不合命【ウガヤフキアエズノミコト】は、のちに初代・神武天皇の父となり、日本の皇室の祖先とされている。
神話がつなぐ、天皇家のルーツ
ウガヤフキアエズは、のちに玉依姫との間に神武天皇をもうけ、その子がやがて日本の初代天皇として即位する。
この物語は、天照大御神から続く神々の血脈が、いかにして人の世へと受け継がれたかを語る重要な章である。ウガヤフキアエズの誕生から神武天皇の即位まで、日本神話はやがて「国のはじまり」へとつながっていく。
つまり、この切ない物語は、日本の皇室の起源にもつながる重要なエピソードであるわけである。
神武天皇は、九州から東へと進軍し、大和の地に都を築いて即位する。ここに、日本の歴史が神話から現実へとつながる、大きな一歩が刻まれたわけである。