はじめに
― 熱狂、挫折、淘汰、そして“本物”だけが残った物語 ―
バイオベンチャーに投資を始めてから、気づけば20年近い時間が経った。 アンジェスや オンコセラピーサイエンス(OTS )が上場した頃、私は胸を高鳴らせながら、 「日本から世界を変えるバイオ企業が生まれる」 と本気で信じていたものである。
あの頃の市場には、夢と熱気が満ちていた。 しかし、20年という歳月は、バイオベンチャーの厳しさと現実を容赦なく突きつけてきた。
これは、あるひとりの“夢追い投資家”が歩んだ、 日本バイオベンチャー20年の記録でもある。
| <目次> はじめに バイオ黄金期の幕開け(2005〜2012) 熱狂と空前のバブル時代(2013〜17) 現実の壁と淘汰の始まり(2018〜20) コロナ禍とバイオ再注目(2020〜21) 淘汰の果てに本物が残る(2022〜26) 夢追い投資家としての20年の結論 あとがき |
バイオ黄金期の幕開け(2005〜2012)
― 「日本から世界へ」という希望が市場を包んでいた
2000年代後半、日本のバイオ市場はまさに黎明期だった。
- アンジェス(遺伝子治療)
- OTS(がん創薬)
- ナノキャリア(DDS)
- リプロセル(iPS細胞)
次々と上場し、 「日本発のバイオが世界を変える」 という期待が市場全体を支配していた。
特に2012年、山中伸弥教授のノーベル賞受賞は、 バイオ市場にとってまるで幕末期の“黒船”のような衝撃であった。
私たち一般投資家も企業も、「未来はここにある」 と信じて疑わなかった。
熱狂と空前のバブル時代(2013〜2017)
― 期待が期待を呼び、株価が空を舞った時代
この時期は、バイオ株が最も輝いた時代であった。
- 再生医療の規制緩和
- iPS細胞の実用化期待
- 遺伝子治療の進展
- 海外ファンドの参入
材料ひとつで株価が数倍になることも珍しくなかった。私自身も 「これは日本のバイオが世界に追いつくチャンスだ」 と胸を躍らせてたものである。
しかし、この熱狂の裏側で、 “ある現実”が静かに忍び寄っていた。
現実の壁と淘汰の始まり(2018〜2020)
― 成功確率10%未満という残酷な真実
バイオベンチャーの本質は、「成功確率が極端に低いビジネス」 という点にある。
- 臨床試験の失敗
- 承認取り下げ
- 資金調達の連続
- 希薄化による株価下落
夢を追う企業ほど、現実の壁は高かった。そして、ついに象徴的な出来事が起きる。
✔ テラ(2191)の上場廃止
かつて“再生医療の旗手”と呼ばれた企業が、 市場から姿を消した。この瞬間、私は初めて 「バイオは夢だけでは生き残れない」 という事実を痛感した。
コロナ禍とバイオ再注目(2020〜2021)
― 一瞬の光と、その後の急速な冷却
コロナ禍は、バイオ企業にとって追い風だった。
- ワクチン開発
- 遺伝子治療の注目
- 医療技術の加速
アンジェスをはじめ、多くの企業が脚光を浴びた。しかし、 期待が現実に追いつかなかった。ワクチン開発の失敗、臨床の壁、資金難…。 一時的な熱狂は、再び冷たい現実へと戻っていった。
淘汰の果てに“本物”が残る(2022〜2026)
― 技術と実績を持つ企業だけが生き残る時代へ
長い淘汰の時代を経て、 市場には“本物”だけが残り始めた。
- ペプチドリーム(世界的創薬企業へ)
- ネクセラファーマ(GPCR創薬で世界展開)
- JCRファーマ(BBB通過技術で世界展開)
- J-TEC(再生医療の実用化を牽引)
- 3Dマトリックス(欧米で売上成長)
- Heartseed(世界的提携で注目)
かつての“夢だけの企業”とは違い、 技術・実績・収益化の3つを備えた企業が評価される時代に変わった。
私はこの変化を見て 「ようやく日本バイオが成熟し始めた」 と感じている。
夢追い投資家としての20年の結論
― 夢は裏切られるが、夢を追う価値は消えない
20年という歳月は、 私に多くのことを教えてくれた。
- バイオビジネスは難しい
- 成功確率は低い
- 期待だけでは生き残れない
- しかし、成功したときの価値は計り知れない
そして何より、 「未来の医療を信じる気持ち」 は、どれだけ株式市場が荒れても消えなかった。
私はこれからも、 夢と現実の両方を見つめながら、この身の命と投資資金が続くかぎり、日本のバイオベンチャーを追い続けていきたい。さすがにシニア世代になってサラリーマン生活をリタイアした身の上では、バイオ株への一本足投資は資金的に無理ではあるが・・・
あとがき
私は、日本のバイオベンチャーが東京市場に上場し始めた頃からバイオ株への投資を始めているから20年が過ぎようとしている。月日が過ぎるのは早いものである。
外資系製薬企業のラボで製剤研究と製剤開発に従事していた関係もあってDDS(Drug Delivery System)や抗体医薬・核酸医薬・再生医療などに「医療の未来」を感じ取る機会も多かった。そのせいもあって私にとっては、株式投資と言えばバイオ株投資と同義であった。
バイオ株への投資がメインであった頃、正直に言って、多額の損失(年収3年分以上の含み損)を被った経験がある。未だにその損失を取り返せてはいない。
このように、この20年は私にとっても“夢”と“挫折”と“希望”が入り混じった物語になっている。この物語の続きを、夢追い投資家として、そしてひとりの日本人として、日本のバイオベンチャーの成功をこれからも見届けていきたい。