あらすじ
天孫・ニニギが笠沙御崎で美しいサクヤヒメ(木花佐久夜毘売)に出会い、結婚して三人の子供が生まれる。火照命は、海幸彦であり、後に隼人阿多君の祖神となる。一方、火遠理命は、山幸彦であり、後の天津日高日子穂穂手見命であり、神武天皇の祖父にあたる。
兄の海幸彦と弟の山幸彦は、弟が兄の「釣り針」を海で失くしたことが原因で仲違いすることになる。途方に暮れる山幸彦は塩椎神の助けを借りて海神の宮殿を訪問する。
そこで海神の娘・豊玉毘売と出会い、結婚する。そして、誕生した息子も海神の娘・玉依毘売命と結婚し、山幸彦の孫となる神武天皇が誕生する。(古事記・上巻の了)
<目次> あらすじ ニニギとサクヤヒメの出会い 二ニギの子孫の天皇に寿命ができたワケ ニニギの仕打ちとサクヤヒメの意地 海幸彦と山幸彦 山幸彦、海神の宮殿へ行く 山幸彦と豊玉毘売の出会い 海幸彦の釣り針が見つかる 塩盈珠と塩乾珠 山幸彦、地上に帰る 海幸彦、山幸彦に屈服する 山幸彦、豊玉毘売命の出産を覗き見する 山幸彦と豊玉毘売命の子と孫 |
ニニギとサクヤヒメの出会い
「天孫降臨」を果たしたニニギは、笠沙御崎で美しい少女に会った。「あなたは誰の娘ですか」と尋ねると、少女は「私は、大山津見神【オオヤマヅミノカミ】の娘の神阿多都比売【カムアタツヒメ】です。別の名を木花佐久夜毘売【コノハナサクヤヒメ】といいます」と答えた。
ニニギが「あなたに兄弟(=姉妹)はいますか?」と尋ねると、木花佐久夜毘売(サクヤヒメ)は「私には姉の石長比売【イワナガヒメ】がいます」と答えた。
ニニギは「私はあなたと結婚したいと思うが、どうだろうか?」と言うと、サクヤヒメは「私は答えられません。私の父の大山津見神がお答えしましょう」と答えた。
二ニギの子孫の天皇に寿命ができたワケ
大山津見神の元へ使者を派遣して、その旨を伝えると、大山津見神はとても喜んで、サクヤヒメに姉の石長比売を添え、百取の机代の物(=沢山の結納品)を差し出した。
姉の石長比売はひどく醜かったので、ニニギはその姿を見て恐れて、送り返してしまった。そして妹のサクヤヒメだけを残して一晩の契りを結んだ。
大山津見神は、ニニギが姉の石長比売を送り返したので、とても恥に思った。そしてニニギに「私が娘を二人並べて送ったのには理由があります。
石長比売が仕えれば天津神の皇子(ニニギ)の命は雪が降り風が吹いても、岩のように永遠に固く動かず変わらないものになるでしょう。サクヤヒメが仕えれば木の花が咲くように繁栄するでしょう――そう誓約をしたのです。
しかしこのように石長比売を送り返し、サクヤヒメだけを留めたことで天津神の皇子(ニニギ)の寿命は木の花のように儚いものとなるでしょう」と告げた。そのためにニニギの子孫である天皇は不老不死でなくなり、人間と同じような寿命ができてたという。
ニニギの仕打ちとサクヤヒメの意地
サクヤヒメはニニギの所に来て「妻である私は妊娠し、もう産気づいたのでやって来ました。この子は天津神の御子ですから、個人的に産んでよいものではありません。だから報告に来ました」と言った。
するとニニギは「サクヤヒメよ、一晩の契りで妊娠したというのですか? それは私の子では無いだろう。きっと国津神の子供だろう」と言った。
サクヤヒメが「私が妊娠した子がもし国津神の子供ならば、無事に生まれないでしょう。もし天津神の皇子ならば、無事に生まれるでしょう」と答え、すぐに戸無き八尋殿(窓が無い宮殿)を建てて、その中に入り、土で入り口を塗り塞いだ。
サクヤヒメは、いよいよ出産のときになると、宮殿に火をつけて産んだ。そして生まれてきた子が火照命【ホデリノミコト】、火須勢理命【ホスセリノミコト】、そして火遠理命【ホオリノミコト】の三柱である。
海幸彦と山幸彦
ニニギとサクヤヒメの息子である火照命【ホデリノミコト】と火遠理命【ホオリノミコト】の兄弟は、それぞれ海佐知毘古【ウミサチヒコ】(=海幸彦)と山佐知毘古【ヤマサチヒコ】(=山幸彦)と呼ばれるようになった。
海幸彦は背鰭の広い魚や背鰭の小さな魚を取り、山幸彦は毛の粗い動物や毛の柔らかい動物を取っていた。
山幸彦は兄の海幸彦に「それぞれの佐知(サチ=道具)を互いに交換してみよう」と何度も頼んだが、兄は承諾しなかった。しかしやっとのことで交換することが出来た。
山幸彦は海左知【ウミサチ】(=海幸=海の道具)を使って魚を釣ったが、一匹の魚も得られなかった。その上、釣り針を海で無くしてしまった。
兄の海幸彦が「山佐知【ヤマサチ】(=山の獲物)を取るには、山の道具を山幸彦が使うべきだし、海佐知【ウミサチ】(=海の獲物)を取るには、海の道具を海幸彦が使わないと上手く得られない。だから交換した道具を、元に戻そう」と言って、釣り針の返還を求めた。
すると弟の山幸彦が「あなたの釣り針で魚釣りをしたのですが、一匹も釣れずに、釣り針を無くしてしまいました」と答えた。
しかし、兄の海幸彦は強く返せと弟の山幸彦を責めた。そこで弟は十拳剣【トツカノツルギ】を砕いて、釣り針を500個作って、兄に弁償したが、受け取ってもらえなかった。そこで、さらに1000本の釣り針を作って、弁償しようとしたが、受け取ってもらえなかった。
山幸彦、海神の宮殿へ行く
兄の海幸彦に「元の釣り針を返して欲しい」と言われ、弟の山幸彦が海辺で泣いていると、塩椎神【シオツチノカミ】が来て、
「どうして天津神が泣いているのですか?」と尋ねた。
山幸彦は「私は、兄の道具と交換して使い、兄の釣り針を無くしてしまいました。その釣り針を返せというので、沢山の釣り針で弁償したのですが、受け取ってもらえませんでした。兄は『あの元の釣り針を返せ』と言うので、困り果てて泣いているのです」と答えた。
塩椎神は「私があなたの為に良い案を出しましょう」と言い、すぐに竹で隙間無く編んだ小船を作り、その小船に山幸彦を乗せて次のように言った。
「私が今から、この船を押して流します。しばらくそのまま進んで行ってください。良い海流があり、その海流に乗って行けば、
魚の鱗【ウロコ】のように家を並べた宮殿があります。それは海神・綿津見神【ワダツミノカミ】の宮殿です。その神宮の門に着いたら、泉の近くに湯津香木があります。その木の上に座っていれば、海神の娘が取り計らってくれますよ」
山幸彦と豊玉毘売の出会い
山幸彦は塩椎神の教えの通りに海流に乗って行くと、言葉通りの宮殿があった。そこに泉の近くに生えている湯津香木の上に登って座っていた。
すると海神の娘の豊玉毘売【トヨタマヒメ】の侍女が、宝石で飾った器を持って出て来て、泉の水を汲もうとした。そうしたときに泉に光が見えた。見上げると美しい男性が居るのが見えた。侍女はとても不思議に思った。
山幸彦はその侍女を見て「水が欲しい」と頼んだ。侍女はすぐに水を汲み、宝石で飾った器に入れて差出した。
山幸彦は水を飲まずに、掛けていた首飾りを解いて、玉の一つを口に含んで、その器に吐き出した。するとその玉が器にくっついて、侍女には取れなかった。侍女はこの玉がついたままの器を豊玉毘売命に見せた。
豊玉毘売命は器にくっついた玉を見て、侍女に「もしかして、門の外に誰かいるのですか?」と尋ねた。
侍女は「人が来ています。泉の上の香木の上に座っています。とても美しい男性です。海神の宮殿の王よりも素敵です。その人が水を所望したので、水を差し上げたら水を飲まずに、この玉を吐き出したのです。この玉が取れないので、そのまま持ってきたのです」と答えた。
豊玉毘売命は、不思議に思って、宮から出て、山幸彦を見ると、一目惚れしてしまった。そして父親に「私たちの門に美しい男性が居ます」と言った。
海神は宮から出て、その男を見て「これは、天津日高(アマツヒコ)の皇子の虚空津日高(ソラツヒコ)だ」と言って、すぐに宮殿内に招き入れ、美智(=アシカ)の皮を八重に重ねて敷いて、その上にさらに八重に敷いて、その上に山幸彦を座らせた。
そして百取の机代の物(=沢山の台に品物)を載せ、ご馳走でもてなし、娘の豊玉毘売命と結婚させた。それから三年もの間、山幸彦は海の国に住んだ。
海幸彦の釣り針が見つかる
山幸彦はそもそも兄の海幸彦の釣り針を無くしてここに来たということを思い出して、大きなため息をついた。すると妻の豊玉毘売命がそのため息を聞いて、父の海神に「三年一緒に住みましたが、今まで日頃はため息などしていませんでした。なのに今夜大きな溜息をしました。もしかして何か理由があるのでしょうか」と言った。
豊玉毘売命の父親である海神は、山幸彦に「今、娘が言うのを聞くと『三年いても日頃は溜息することもなかったのに、今夜大きな溜息をした』と言っていた。もしかすると理由があるのではないか。そもそも、ここに来た理由は何か」と尋ねた。
山幸彦は海神に無くしてしまった釣り針を返せと兄が責める様子を説明した。すると海神はすべての海の大小様々な魚を呼び集めて、「誰か釣り針を取ったものはいないか?」と問うた。
すると魚達が「近頃、赤海鯽魚(=赤い鯛)の喉に骨が刺さり、ものが食べられないと悩んでいると言っていました。おそらく、赤海鯽魚が取ったのでしょう」と答えた。
その赤海鯽魚の喉を探すと釣り針が見つかった。すぐに取り出し、洗い清めて、山幸彦に差し出した。
塩盈珠と塩乾珠
海神が山幸彦に「この釣り針を、兄に返すときに、『コノチハ、オボチ・ススチ・マヂチ・ウルチ』と唱えなさい。そして手を後ろにしてください。
その兄が高いところに田を作れば、あなたは低い土地に田を作りなさい。その兄が低い土地に田を作ったら、あなたは高い土地に田を作りなさい。
そうすれば私は水を操れますから、三年後には兄の海幸彦は水不足による凶作になり、貧しくなって苦しむでしょう。
もし水田の不作による困窮を理由にして、あなたを恨んで、攻めて来たら、この塩盈珠【シオミツタマ】を出して使い、溺れさせてください。
それでもしも、助けを望んだら、この塩乾珠【シオフルタマ】を使って助けなさい。そうやって、苦しめ悩ましなさい」と教えた。
このように言うと、塩盈珠と塩乾珠の二つを山幸彦に渡した。
山幸彦、地上に帰る
そして、すぐに和邇魚(=サメ)を集めて「今、天津日高【アマツヒコ】の皇子の虚空津日高【ソラツヒコ】が、上の世界へ帰ろうとしている。誰が、何日で送り届けて、すぐに帰って報告出来るか」と問うた。
するとワニたちが、自分の身長に従って、「何日掛かる」と言っている最中に、一尋和邇【ヒトヒロワニ】が「私は一日で送って帰ってきます」が答えた。海神は、一尋和邇に「ならばお前が、山幸彦を送りなさい。海中を通るときには、恐ろしい思いをさせるなよ」と言った。
すぐにその一尋和邇の首に乗せて送り出した。約束したとおりその一尋和邇は一日で帰ってきた。
その一尋和邇が山幸彦を地上に送り、引き返すときに、山幸彦は身につけていた紐小刀(=紐のついた小刀)を解いて、一尋和邇の首に掛けて、返した。だからその一尋和邇は現在、佐比持神【サヒモチノカミ】という。
海幸彦、山幸彦に屈服する
山幸彦は海神の教えどおり、呪文を唱えながら、釣り針を兄の海幸彦に返した。するとそれから、兄の海幸彦はだんだん貧しくなっていき、心は荒れて山幸彦の元へと攻めて来た。
攻めようとしたときに、塩盈珠を出して溺れさせた。それから助けを求めてきたので、塩乾珠で出して救いだした。このように悩まし苦しめたために、海幸彦は「私はこれより以降、あなたを昼も夜も守る守護人【まもりびと】となって、仕えましょう」と言った。
山幸彦、豊玉毘売命の出産を覗き見する
豊玉毘売命は、自ら参上して「わたしめは身ごもっていまして、ついに今、出産するときを迎えました。思いますに、天津神の皇子は、海原で産むべきではありません。そこで出向いたのです」と言った。
すぐに海辺の渚に鵜【う】の羽を屋根の葺草【ふきくさ】代わりにして、産屋【うぶや】を作った。その産屋の屋根が出来上がる前に、豊玉毘売命は産気づき、耐え切れずに産屋に入った。
豊玉毘売命が出産する前に、山幸彦に対して「全ての異国人は出産するときには本国の姿となって産みます。だから、わたしめは今から、本来の姿となって産みます。お願いだから、わたしめを見ないでください」と言った。
山幸彦はその言葉を不思議に思い、豊玉毘売命の出産を覗いてみると豊玉毘売命は八尋和邇【ヤヒロワニ】に化けて、這い回って、身をくねらせれいた。
山幸彦は驚き、恐れて、逃げ出した。豊玉毘売命は山幸彦に覗かれたと知って、とても恥ずかしいと思い、その生まればかりの皇子を置いて「わたしめはいつまでも、この海の道を通って行き来しようと思っていたのですが、私の本来の姿を見られてしまいました。恥ずかしいことです」と言って、海の道を塞いで海神の国へ帰っていった。
山幸彦と豊玉毘売命の子と孫
そういう経緯で生まれた皇子を名づけて、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命【アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト】という。
豊玉毘売命は山幸彦が覗き見をしたのを恨む気持ちがあったが、恋しい思いに耐え切れず、皇子を養育するという理由で、妹の玉依毘売【タマヨリヒメ】を地上に送った。
そして豊玉毘売命は「赤い玉を通した紐も光るほど美しいですが、白い玉のようなあなたの姿が気高いのです」と歌った。
山幸彦がそれに答えて「鴨【かも】が鳴く島で、わたしが添い寝した愛しい妻のことを、私は忘れない。永遠に」と歌った。山幸彦は、高千穂の山の西にある高千穂宮【たかちほのみや】で580年間過ごした。
息子の天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命は、自分の叔母(母の妹)にあたる玉依毘売命を娶った。そして、生まれてきた皇子は誕生順に次の4柱である。
- 五瀬命【イツセノミコト】
- 稲氷命【イナヒノミコト】
- 御毛沼命【ミケヌノミコト】
- 若御毛沼命【ワカミケヌノミコト】(別名、豊御毛沼命【トヨミケヌノミコト】、またの名を神倭伊波礼毘古命【カムヤマトイワレビコノミコト】=後の神武天皇)
稲氷命は母の国である海原に行き、御毛沼命は海を越えて常世の国へ渡った。
あとがき
古事記に登場する神は皆、ほほえましい神様である。どこか憎めない本音を躊躇せずに表現してしまう。
天孫・ニニギもその一人で、美人のサクヤヒメには一目ぼれして求婚するが、その姉が不美人と知るや親元に追い返してしまう。そのため自らの寿命だけでなく、子孫の天皇に寿命ができてしまい、不老不死の神ではなくなってしまったという。
サクヤヒメが妊娠した際のニニギの仕打ちはかなりひどくていただけない。本当にそう思ったのかも知れないが言葉に出すとは配慮が足りない。
その言葉で、それまで淑女のイメージをもっていたサクヤヒメが壮絶な出産をしてしまうのだから女性は分からないものである。
ニニギとサクヤヒメの息子たちが海幸彦と山幸彦と呼ばれるようになる。それまでの神様のイメージから漁師や猟師のイメージに変わってしまうところが愉快であり、より親しみを感じる。
山幸彦が豊玉毘売命と暮らした海神の宮殿での三年間の生活は、後の「浦島太郎」の竜宮城での話のルーツになったであろう。
三年間も兄の「つり針」ことや自分が海神の宮殿に来た理由を忘れていたなんて呆れてしまう。兄の海幸彦が哀れにすら感じる。
兄の海幸彦と弟の山幸彦は、弟が兄の「釣り針」を海で失くしたことが原因で仲違いをし、最終的に海幸彦が山幸彦に屈服して守護人になる。
しかし、そもそもの原因を作ったのは山幸彦であり、海神の手助けによるこの結末には賛同できないはずだ。にもかかわらず、古事記では海幸彦を悪役にしているのは神武天皇の祖父である山幸彦に忖度しているためであろうか。
イザナギとイザナミの神代より、女に見るなと言われて見ない男はいない。「鶴の恩返し」の童話しかりである。
豊玉毘売命は山幸彦に自分の出産の様子を見ないよう、理由も説明して頼んでいる。でも山幸彦は男だから見てしまうのである。
豊玉毘売命が八尋和邇【ヤヒロワニ】に化けて出産している様はさすがに見てはいけない姿であっただろう。
女性は男性の性【さが】をよく理解して、見てほしい時には「見るな」と言えばよい。素直に見ないで待っている男性は男ではない。
周りが素直な男性ばかりのつまらない時代にはなってほしくないと願う。
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【参考資料】
ウキペディア Wikipedia |
古事記・全文現代語訳 | 古代日本まとめ (kodainippon.com) |