はじめに
最近の調査によると、シニア世代が登山やアウトドア活動に参加する人数が増加傾向にあるらしい。シニア世代が登山に興味を持つ理由としては、自然と触れ合うことでリフレッシュできる、新しい挑戦を楽しむことができる、健康維持に良いとされるなどが挙げられている。
多くのシニア世代が健康志向や新しい趣味を見つけるために、アクティブなライフスタイルを追求しているのであろう。確かに、登山は心身の健康を保ち、充実感を得られる素晴らしい活動である。登山は全身の筋肉を使い、心肺機能を高めるため、健康維持には効果的であろう。また、自然の中で過ごす時間は、リラックス効果があり、精神的な健康にも良い影響を与えるはずである。
山頂に到達することで得られるある種の達成感は、自信を高め、日常生活へのモチベーションにも繋がるはずである。また、グループで登山を楽しむことで、友人や仲間との絆が深まり、孤独感が軽減するかも知れない。さらには新しい景色やルートに挑戦することで、毎回異なる体験が楽しめることもあるだろう。
このようにシニア世代にとっての登山は、心身の健康を保ち、充実感を得られる素晴らしい活動であると思う。しかしながら、シニア世代の登山では、いくつかのシニア特有の危険が伴うのも確かである。その主な危険性として、指摘されているのは下記のようなものである。
- 体力の低下
- 加齢により、筋力や持久力が低下して登山に必要な体力が不足している
- 健康状態
- 高血圧、心臓病、糖尿病などの慢性疾患がある場合、体調不良のリスクが高まる
- 転倒と怪我
- 登山は、膝や腰などの関節や骨格に負担がかかりやすいので、転倒や滑落のリスクが高くなる
- 寒さや環境への適応
- 高齢者は体温調節が難しくなるため、低温環境での対応が難しくなる
- 高所環境への適応が難しくなっているために、高山病や低酸素症のリスクが高まる
これらのリスクを念頭においた上で、シニア世代は登山を楽しまなければならない。そのためには、いくつかの適切な準備と注意を払う必要がある。本稿では、シニア世代の登山が安全で快適なものとできる「楽ラク登山術」を私の登山経験とシニアになってからの実体験をベースに記したいと思う。
体力と健康状態
私たちシニア世代が登山を楽しむためには、まず第一に自分の体力や健康状態をよく理解し、無理をしないようにすることである。必要に応じて、事前にかかりつけ医と相談することもお勧めである。
私の提唱する「楽ラク登山術」の基本は、体力と健康状態に見極めて、安全で快適な登山を目指すものであるので、体力や健康状態に不安があるシニアは、軽い運動やウォーキングで体力をつけることから始めてほしい。健康についても生活習慣を見直し、高血圧症や糖尿病などの生活習慣病を克服してから登山を安全に楽しめる準備から始めてほしい。
そして、登山前には必ず軽いストレッチやウォーキングを行い、筋肉をほぐしておくことが大切である。準備運動は、ケガの予防のために必須である。
適切な装備
登山に必要な装備をしっかり準備することが重要である。具体的には、良質な登山靴や歩きやすい衣類、その他必要な装備を揃えることである。特に、歩行が楽になるような靴が重要で、怪我のリスクを減らす上でも大切である。
軽量で通気性の良い服装や、リュックサックを選ぶことで、登山の負担を軽減できる。
私は、まだ自分では使用したことがないが、電動アシスト付きの山歩きポールは、登り下りの際にサポートしてくれるので、膝や腰の負担を軽減できるという。特に急な斜面や長時間の登山で役立つかも知れない。
天候の確認
登山前に天候を確認し、悪天候が予想される場合は計画を変更する柔軟性を持つべきである。私たちシニア世代は、現役世代と違い、スケジュール管理には柔軟性があるはずである。悪天候の中で、無理な登山を決行する必要性など決して存在するわけがないことを理解してほしい。私たちシニア世代の登山は、快晴とは言わないまでも、雨天や、風雪の強い日など悪天候の日は避けたいものである。
無理のないペース配分
自分の体力や体調に合わせたペースで登山を進めることが大切である。こまめに休憩を取り、体力の消耗を避けるために急ぎすぎないことが重要である。
私は、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんが挑み、達成した「日本3百名山 ひと筆書き – Great Traverse(グレートトラバース)」が好きで、NHK BSで放送されていた際にはVer. 1からVer. 3まで欠かさず観ていたものである。そして、自分も一緒に登山をしているような気になっていたものである。
しかし、私たちシニアは決して彼のような登山を真似ようとしてはいけない。もっとも真似ようと思っても彼のような強靭な体力と不屈の精神力がない私たちには土台無理な相談ではあるが。
私たちシニアは、ゆっくりとマイペースで登山を楽しみたい。コースタイムは登山計画を立てるためだけに使い、ゆとりのある登山計画で楽しみたい。それができるのはシニア世代の特権と心得たい。
水分補給と栄養
十分な水分と軽食を持参し、こまめに補給することが大切である。登山中は水分補給が欠かせない。また、登山中でも軽食を摂り、エネルギー補給も忘れずに行うようにしよう。
安全第一
初めて登ることになる山岳の場合、場合によっては、専門のガイドを利用することも検討してみてはどうだろうか。
ガイドを雇わない場合には、安全に登山を楽しむために、事前に十分に情報収集を行う必要がある。
登山は体力だけでなく、心の準備も必要である。リラックスして、自然の美しさを楽しむことを忘れずに実行してほしい。
ロープウェイやリフトの積極的利用
シニア世代の登山にはロープウェイやリフトを積極的に利用することをお薦めしたい。これらの手段を活用することで、高度差を一気にクリアし、体力を温存しながら美しい景色や自然を楽しむことができるので、シニア世代には有利である。その利点を簡単に解説すると次のようになる。
- アクセスの簡便さ
- ロープウェイやリフトを利用すれば、登山口へのアクセスが容易になる
- 体力の温存
- 急な登りを避けて、体力を消耗せずに目的地へ到達できる
- 安全性の確保
- 急な勾配や不安定な地形が避けられるので、転倒や怪我のリスクを減少させられる
- 景色の楽しみ
- ロープウェイやリフトから見える景色は絶景であることが多く、登山の一部として大いに楽し、印象に残りやすい
とにかく、シニア世代は無理なく登山を楽しむことができるものなら何だって利用すべきである。長い林道を歩くのが嫌ならタクシーを利用しても構わないと思う。快適で充実したアウトドアライフを楽しみたいなら少々の出費には目を瞑ろう!
低山登山のすすめ
槍ヶ岳や穂高連峰など登山を始めた者なら誰もが登りたいと思う3000m級の山岳が北アルプスにはある。また海外の人たちにも人気の高い富士山に登ってみたいという人もいるだろう。そして私の好きな北岳(富士山に次ぐ、日本第二位の標高を有する南アルプスの主峰)にも関心のある人がいるかも知れない。
これらの山岳に登頂することをゴールにしているならそれでも良いが、健康維持を目的としているシニアの登山愛好家は別に険しい山岳を登山対象にする必要はないのではないだろうか。
シニアになってまで岩場だらけの標高3,000m級の山岳に登らなければならない理由はないと私は思う。もっとも私の場合は体力と気力がなくなっているので、負け惜しみのように捉えられ、説得力がないかも知れない。
しかし、私たちシニア世代の人間が健康維持を目的に登山を趣味の一つとして始めるなら標高の低い山への登山(=低山登山)で十分に楽しめるはずである。低山登山が私たちシニア世代にとって魅力的で安全な選択肢になる理由を下記に示す。
- 体力的に負担が少ない
- 標高の高い山に比べて登山口からの標高差が小さいため、体力的な負担が軽減される
- 体力的に無理なく楽しめる歩行距離と標高差で、健康的に楽しむことができる
- 手軽かつ気軽に行ける
- 一般的に低山の多くは私たちが住む都市部からのアクセスが良く、短時間で登ることができる。
- 日帰り登山がしやすいため、重い荷物を背負う必要がない
- 自然との触れ合い
- 森林限界以下の標高の山が多いので、一般的に四季折々の美しい自然を楽しむことができる。
- 心身のリフレッシュには最適なロケーションである
- 安全性
- 一般に登山道が整備されていて、急な勾配や危険な箇所が少なく、転倒や怪我のリスクが比較的低いといえる
- 万が一、事故に遭遇したり、持病を発症したり、熱中症で気分が悪くなった場合でも下山が比較的容易であり、登山口から医療機関へのアクセスも比較的近いという利便性がある
上記のような理由から、私は健康維持が目的のシニアの登山対象には標高の低い山への登山(=低山登山)を勧めたい。
また、登山道が安全な低山登山なら好きな音楽やオーディオブックを聞きながら登山を楽しむといった余裕もできる。それらを聴きながら登れば、たとえ一人きりの登山でも登っている時間が短く感じられる快適な登山となるかも知れない。
ピクニックスタイルの登山
標高の低い山の山頂でのピクニックを計画し、ゆっくりとしたペースで登るのがお薦めである。美味しいお弁当や軽食を持参し、山頂で眺望や自然の風景を楽しみながら食事を楽しむのはリフレッシュなって良いものである。
あとがき
シニア世代でも楽しめる「楽ラク登山術」と銘打っておきながら、大半が登山者にとっての一般常識をシニア向けにアレンジしただけの「登山の心得」になってしまっていることをまずはお詫びしたい。
しかし、シニアの登山者数が増加しているなかで、そのシニアの登山者の遭難事故が多発しているというニュースを耳にすると、無謀な登山計画で入山しているような印象を私は受けてしまう。シニアはシニア世代の特権をうまく使って、余裕のある登山計画で入山すべきであることを改めて主張しておきたい。
本稿で記したシニア向け「楽ラク登山術」(登山の心得)の対策をしっかり行うことで、シニアも安心して登山を楽しむことができるはずであると私は確信している。
私は、大学を卒業して以来、一人で登山することが多かった。そして結婚後は、その単独行の危険性から登山から遠ざかっていた。そして、シニアになって登山に回帰することになった今も一人で登山をすることが多い。理由は、自分の好きな山・登りたい山に一緒に登ってくれる仲間がいないという単純な理由と、自分に都合が良いスケジュールで登山ができるというメリットが享受できるからである。私には友人が少ないし、我儘な気質によるもので私の場合は自業自得であると諦めるしかない。
しかしながら、友人の多いシニアには一人での登山は避け、できるだけ仲間と一緒に行動することをお薦めしたい。その理由は、万が一の場合のトラブル時に助け合えるからである。友人や家族と一緒に登山を楽しむことで、お互いに励まし合い、楽しい会話が道中を盛り上げるはずである。そして、何よりも安全性が確保できるメリットが大きい。
最近の登山では、スマートフォンアプリやGPSデバイスを活用することが多い。私が積極的に登山をしていた頃とは隔世の違いがある。しかし、電波の受信状況の悪化や電池切れなどのトラブルに合った場合でも、道に迷わないようにするため、国土地理院発行またはそれに準じる山岳地図とコンパスを持参するようにしてもらいたいと思う。
私はドライブではカーナビのお世話になっているが、登山では今でも地図とコンパスを利用している。地図と周囲の風景を見比べて現在位置を確認しながら登るのも登山の醍醐味であると思うからである。