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源氏物語に登場する貴族たちが恋愛対象とする女性像

はじめに

源氏物語は、紫式部が11世紀初めの平安時代中期に著した、世界最古の長編小説とされる。『源氏物語』は五十四帖から成り、各帖はそれぞれで完結している。その五十四帖は、三部に分けられている。

一部(第1帖~第33帖)は、主人公の光源氏誕生から栄華を極めながらの恋愛遍歴が描かれている。二部(第33帖~第41帖)は、光源氏の深まる苦悩や老いが描かれている。第41帖(雲隠【くもがくれ】)は、タイトルのみで本文はなく、光源氏の死を暗示している。

三部(第42帖~第54帖)は、光源氏の死後、その子や孫が繰り広げるドラマを描いている。女三の宮が生み、光源氏の末子として大切に育てられたや、源氏の外孫・匂の宮が当代きっての貴公子として登場する。光源氏の死後、第三部の主人公となるのが薫と匂の宮である。宇治が舞台となる最後の十帖は、宇治十帖と呼ばれている。

本稿では、『源氏物語』の第一部と第二部の主人公・光源氏にフォーカスしながら、『源氏物語』に登場する男性貴族たちが恋愛対象とする女性像について考察してみたい。

目次
はじめに
第一部のあらすじ
光源氏の華麗なる生活が描かれる
第二部のあらすじ
光源氏の優雅な生活の足元に忍び寄る影が描かれる
平安貴族らが恋愛対象とする女性像
1. 外見的な美しさ
2. 教養と知性
3. 内面の気品と優雅さ
4. 母性や依存性
5. 物語の中の階層や背景
平安時代中期と現代の美女の基準比較
あとがき

第一部のあらすじ

光源氏の華麗なる生活が描かれる

光源氏が桐壺帝の子として誕生する。母である桐壺の更衣は他の妃たちからのいじめで病死する。

幼くして母を亡くした光源氏は実母とよく似ている継母・藤壺(父帝の妃)を恋慕うようになる。

17歳になった光源氏は、ライバルの頭中将らと女性談義で盛り上がったあと、中流貴族の人妻であった空蟬のもとに忍びこむ。光源氏は再び空蟬のもとに忍び込むが逃げられてしまう。空蟬の継娘である軒端荻と一夜を過ごすが、非常に悔しい思いになる。

光源氏は夕顔と恋人になり、のめりこむ。しかし、連れ出した邸で夕顔は急死してしまった。後に夕顔がライバルの頭中将の恋人だったと知ることになる。

北山にいった光源氏は、そこで藤壺の姪である若紫を垣間見ると気に入った。それで、若紫を自分の元に引き取ることにした。

都に戻った光源氏は藤壺を懐妊させてしまう。

光源氏はライバル頭中将との張り合いの中で末摘花を手に入れるが、彼女は器量が非常に悪く、度を過ぎる頑固さやセンスのなさに失望する。

藤壺が男子を出産した。光源氏の父・帝はたいそう喜ぶが、実の父は光源氏である。結局、光源氏の子は父帝の子として育てられることになったが、藤壺の苦悩は深まる。

光源氏は、朧月夜【おぼろづきよ】と恋人関係になった。彼女は政敵の右大臣の娘だった。

光源氏と正妻・葵の上とは政略結婚であった。葵の上が男子を出産したが、その後、すぐに急死してしまった。その死因が、愛人の六条御息所の生き霊のせいではないかと噂された。

葵の上の死後、光源氏は藤壺によく似た、彼女の姪の若紫と結婚する。若紫紫の上)は生涯の伴侶となる。

父・桐壺院が亡くなり、藤壺が出家する。

さらに、朱雀帝が寵愛する朧月夜との関係が発覚し、窮地に追い詰められる。

光源氏は、昔からの恋人の花散里に会いにいく。たまに訪ねる相手だが、心が慰められ落ち着くのだった。

朧月夜との件で流罪になるかもしれないと察した光源氏は、自ら須磨で謹慎することにした。

光源氏は、須磨から明石に渡る。そこで世話になった家の娘・明石の君と結ばれる。彼女は光源氏の子を身籠る。

やがて京に戻され政界復帰した。さらに、光源氏と藤壺の子が冷泉帝として即位したことで、勢力を大きく盛り返した。明石の君が娘を出産する。

光源氏は、末摘花の家の側を通りかかって彼女を思い出す。ひたすら光源氏を信じて待っていた心に感動する。

逢坂の関でたまたま空蟬と再会し、手紙をやり取りする。空蟬は夫の死後、言い寄る継子から逃れるために出家した。

明石の君が都の近くの大堰で暮らし始める。光源氏は三歳の娘を引き取り、正妻格の紫の上に育てさせる。

光源氏にとっては永遠の女性であった藤壺が亡くなり、悲嘆に暮れる。冷泉帝は自身の出生の秘密を知ってしまう。

光源氏は、若い時にも朝顔にアタックしていたが、この期に及んで真剣に求婚する。朝顔は拒みとおすが、紫の上は動揺する。

光源氏の長男・夕霧と幼馴染みで頭中将の娘・雲居雁の初恋が頭中将によって引き裂かれる。

光源氏は大邸宅・六条院を造営し、そこで優雅極まる生活を送るようになる。

夕顔と頭中将の娘で、母の死後乳母に育てられていた玉鬘が、九州から都に戻って光源氏の養女となる。

六条院での華やかな正月の行事や交流が繰り広げられる。二条院には空蟬末摘花が引き取られていた。

玉鬘は、多くの貴公子から恋文をもらう上に、光源氏からも慕情を訴えられて戸惑う。

異母弟・螢兵部卿宮(蛍の宮)を招き入れて、蛍の光で玉鬘の姿を浮かび上がらせる。蛍の宮の恋心はますます募ってしまうのだった。

玉鬘は和琴を習い始める。玉鬘は懇ろに和琴を教えてくれる光源氏に感謝しつつも、添い寝までしにくることに困惑する。

一方、同じく頭中将の娘で父の元にいる近江の君や雲居雁は親を困らせる状態だった。

台風で被害を受けた六条院を見舞いに行った夕霧は、義母の紫の上の美しさに心奪われてしまう。

玉鬘の出生、経緯が実父・頭中将に知らされる。裳着の儀が行われて、冷泉帝の尚侍になることが決まった。

玉鬘の素性や宮中へ出仕することが世間に知れて、玉鬘に求婚していた貴公子たちは戸惑う。

髭黒が強引に玉鬘を奪い結婚することになった。彼の本妻は嫉妬に狂って実家に帰り、貴公子たちや光源氏は落胆する。

明石の姫君が立派に成長し、盛大な裳着の儀が行われる。

夕霧と雲居雁の結婚が認められる。皇太子妃になる明石の姫君は実母・明石の君と再会した。

光源氏は太政大臣の後は、退位した帝に匹敵する待遇まで受け、名実ともにこの世の栄華を極めた。


第二部のあらすじ

光源氏の優雅な生活の足元に忍び寄る影が描かれる

光源氏は兄・朱雀院の愛娘・女三の宮を正妻として迎えねばならなくなる。紫の上は、かつてない動揺に襲われ苦悩する。

柏木が女三宮を垣間見て恋心を募らせた。

その後何年かして、それまで源氏の正妻格の立場にあった紫の上が病に伏してしまう。光源氏は看病の日々を送る。

その隙に柏木が女三宮の元に忍び込み懐妊させた。女三宮は柏木の子である薫を産み、出家してしまう。柏木は重病になり死んでしまう。

夕霧は亡き柏木の妻・落葉宮から遺品の笛を預かるが、父・源氏の求めに応じて渡す。

光源氏は出家した後の女三宮の世話もする。実子である冷泉院と対面して感慨に耽った。

夕霧は落葉宮に心引かれていく。雲居雁は嫉妬して実家に帰ってしまう。

さらに女三の宮は、源氏の留守中忍び込んだ柏木という青年の子どもを宿した。源氏は老いていく自分と、自分が過去に犯した藤壺との過ちの報いを痛切に思い知らされる。

紫の上の症状は悪化の一途をたどる。出家を願うが源氏に許してもらえず、そのまま亡くなる。

紫の上の死後、源氏は悲嘆に暮れる。茫然自失の中、彼女の手紙を燃やして出家を決意する。

第二部の最後となる「幻の帖」に続く「雲隠」には、巻名のみが書かれており、本文はない。主人公の最期を暗示したものになっている。


平安貴族らが恋愛対象とする女性像

『源氏物語』に登場する男性貴族たちが恋愛対象とする女性像は、平安時代の美意識や価値観が反映されている。その中でも特に注目すべきポイントをいくつか挙げたいと思う。

1. 外見的な美しさ

女性の顔立ちや姿形は重要視されていた。髪の美しさや、白く透き通るような肌が理想とされており、これが男性貴族たちの恋愛感情を引き起こす重要な要素として描かれている。

2. 教養と知性

和歌を詠む才能や文学的な教養を持つ女性が魅力的だとされている。男性貴族たちは女性が和歌で感情を表現することに心を惹かれ、そのやりとりを通じて恋愛が深まることがよく描かれている。

3. 内面の気品と優雅さ

平安時代の貴族社会では、品位や優雅な立ち居振る舞いが求められていた。静かでおだやかな性格や、控えめで慎ましい態度が理想とされていた。いわゆる良妻賢母タイプである。

4. 母性や依存性

光源氏の恋愛遍歴における多くの女性関係の中では、時に母性的な存在が恋愛対象となる場面が多い気がする。その一方で、男性から保護されるような女性の姿も、当時の価値観に基づいた理想像として描かれている。

5. 物語の中の階層や背景

恋愛対象として描かれる女性たちは、時に高貴な家柄や背景を持つ場合がある。ただし、それだけでなく、出自が低い女性や庶民的な女性でも、その魅力によって男性が惹かれる場面も含まれている。

これらの要素を通じて、『源氏物語』は当時の恋愛観や理想像を示すだけでなく、それに伴う複雑な感情や人間関係を巧みに描いているといえよう。


平安時代中期と現代の美女の基準比較

現代社会において女性の容姿について語ることは「不適切発言」に相当するかも知れないが、『源氏物語』の第二帖「帚木」で描かれている「雨夜の品定め」には男性貴族の視点から女性を評価し、当時の貴族社会での理想の女性像が描かれている。

平安時代中期の美女とされる基準は下表のようなものであったことが知られている。

基準平安時代の美女現代日本の美女
目元一重で切れ長の細い目二重で大きな目
肌の色キメの細かい白い肌キメの整った白い肌
顔の形ふっくらした頬
「しもぶくれ」の頬が◎
長くて艶のある黒髪
体型ふくよか(ぽっちゃり型)スリムで小柄
(基本的に脚は見せない)すらりと伸びた脚
教養和歌や管弦、習字などの技能
性格おしとやかおしとやか

評価の基準は個々の人の内面や個性によっても大きく左右され、また時代と共に変化しているのは非常に興味深い。

やはりその時代によって美しいとされる外見は違ってきたが、どの時代にも「艶やかな黒髪」「色白の綺麗な肌」そして一番重要な「知性と教養を合わせ持つ凛とした姿」が、美女の第一条件だったように思う。

尚、『源氏物語』(第二帖「帚木」)の「雨夜の品定め」は、夏の雨の夜に光源氏頭中将左馬頭藤式部丞の4人の貴公子が宿直していた折、理想的な妻になる女性の資質について話し合う場面である。

兄貴分の頭中将が語るところによれば、女性の評価は下記の上・中・下の三つにランク分けできるということであった。

  • 上の女
    • 容姿も性格も家柄も完璧な女性(ほとんどいない)
  • 中の女
    • 元は上流階級だったが、落ちぶれた中流階級の女性
    • 元は中流階級だったが、上流まで成り上がった家柄の女性
    • 思わぬ家でたいそう立派に育てられた女性
  • 下の女
    • 下流階級の女性

頭中将は、当時の身分社会の価値観で自分にとって最良の妻と考える女性について口火を切っているが、他の貴公子たちとさまざまな女性の欠点を挙げながら、理想的な妻になる女性を議論している。そして、貴公子たちは、結局、良き妻になるのは一途に実直で落ち着いている女性であるとの結論に至っている。

この「雨夜の品定め」のエピソードは、男性貴族の視点から女性を評価し、当時の社会での女性像を描いているし、『源氏物語』に登場してくる光源氏と交流のある女性たちの特徴がすべて描かれているようで興味深い場面である。


あとがき

『源氏物語』は、リベラルアーツの学習に非常に役立つ。リベラルアーツは、幅広い知識や深い洞察を追求し、さまざまな視点から物事を理解することを目的としている。その観点から、『源氏物語』は以下のような学びを提供してくれる。

  • 文学的価値
    • 『源氏物語』は日本文学の最高傑作のひとつ
    • その構造や表現技法は学術的に重要
    • 物語の詩的な言葉や象徴、そして登場人物の心理描写は、文学分析や創作の観点から深く学ぶべき要素を持っている
  • 歴史的背景の理解
    • 物語の中で描かれる平安時代の貴族文化、政治、そして社会制度は、当時の日本の歴史を知る手がかりになる
    • リベラルアーツの枠組みで歴史や文化を学ぶ際に、『源氏物語』を活用すれば具体的なイメージを持つことができる
  • 哲学・倫理
    • 物語には人間関係や感情、人生の悩みが描かれており、これを通じて倫理的な問いや哲学的なテーマについて考えるきっかけが得られる
    • 例えば、愛、嫉妬、責任といった普遍的なテーマは、現代にも通じるものである
  • 芸術と文化
    • 『源氏物語』は絵巻や能など、関連する芸術作品にも大きな影響を与えている
    • 美術、音楽、舞台芸術といった分野でもその文化的価値を追求することが可能である
  • 言語学習
    • 古典の日本語を通じて、言語構造や表現の変遷について学ぶことができる
    • リベラルアーツの文法や言語学の観点からも、興味深い教材となる

このように『源氏物語』は単なる物語以上に、文化的・教育的価値の宝庫であり、リベラルアーツの学習を深める教材としてもぴったりであると言えるだろう。

『源氏物語』にはあまり知られていない深い哲学や思想が含まれているように思う。だからこそ時代を超えて、どんな状況にある人が読んでも優れた示唆が得られる作品となっているのではないだろうか。

一般的な物語では、人物のキャラ、人格、人となりは最初から最後までほとんど変わることはない。しかしながら、『源氏物語』の登場人物は、成長し、変化していく。

例えば、光源氏は若い頃は、非常に醜く頑固で不器用な末摘花【すえつむはな】と結ばれ、失望の極みを味わう。こんな女人の世話をするのは自分くらいだろう、とさすがに見捨てることはしなかったが、女性として何の魅力も感じていなかった。

しかし、光源氏が無位無官となって、須磨で謹慎せねばならない不運な目に遭っていた時も、頑固で不器用な末摘花は源氏の言葉を信じてずっと待っていた。極貧の中で彼女が自分を待っていたことを知った光源氏は、近くにいれば不利と離れていった者もいる中、人間の値打ちはこんなところにあるのでは、と内面を見つめるようになっていた。光源氏の成長の姿が垣間見えるエピソードと言えるだろう。

このように源氏物語では、何かを語る、行動を起こす、その人物の心の微妙な動きを見逃さない。私たち読者も一緒に、人間の心の淵を覗くことになる。

例えば、登場人物に一つの善をさせる際にも、状況を判断し、損得計算をしている心の動きを生々しく描き出す。また、人徳もあり立派な政治を行った人物にも、「私は気づかないところで、数限りなく罪を造ってきたに違いない」と言わしめ、主人公の光源氏や私たち読者を驚かせる。

『源氏物語』は、決して実用書ではないが、恋愛のことや会社、家庭内の人間関係で悩んでいる場合には参考になることが多い。例えば、容姿にコンプレックスを持っている女性が、「私のスタイルはよくないし…」と言ったとき、「そんなことないよ」と否定することが多いのが一般的であるだろう。ところが、状況にもよるが、光源氏なら「そうかも知れないが…、あなたには傷ついた私の心を優しく癒してくれる美点がある」と褒める。思いつきで言うのではなく、日頃から相手に心をかけ、観察しているからこそ、ぴったりの言葉が自然と出るのだろう。

残念ながら、私を含めた世の大方の男性は光源氏のような気の利いた受け答えができない。光源氏の見倣うべき点であろう。

人は自分が努力していることは意識しているから、自分のことをよく分かってくれていると知れば嬉しいと感じることだろう。

光源氏は、女性に対してだけでなく、病の人への見舞いや弔問、困窮している人への支援も丁寧で、心から感謝されている。

また、無位無官から再び権力を持った時、普通なら思いっきり打ちのめすところ、敵に仕返しをしない。10倍返しの報復をしないのが光源氏の器の大きいところである。恩を受けた人には当然、精一杯恩返しをしている。私たちはこのビヘイビア(行動・振る舞い)を見倣う必要がある。


【参考資料】
与謝野晶子訳『新訳源氏物語』

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