はじめに
私たちシニア世代にとって一人暮らしの苦労はさまざまであるが、一般的なポイントをいくつか挙げることができる。
例えば、健康と安全、社会的孤立、生活の維持、経済的な問題および技術の進化への対応などである。これらの課題を乗り越えるためには、家族や友人とのつながりを大切にし、地域のサポートやサービスを活用することも重要となるだろう。
また、趣味や興味を持つ活動に参加することで、充実した生活を送ることができると確信している。
健康と安全
一人暮らしでは、病気や怪我をしたときにすぐに助けを呼ぶのが難しい場合がある。特に緊急時に誰かがそばにいないことは不安を感じる要因でもある。
だから夫婦円満であるならばシニア世代は夫婦一緒に生活をすべきであるという結論に至り、実際にそのようにしている夫婦は世間には多い。
しかしながら、自分で言うのもどうかと思うが、私は妻と決して夫婦仲は悪いわけではない。むしろどちらかと言えば、良い方だと思っているが、サラリーマン生活をリタイアしたのを機に田舎で一人暮らしを始めている。それが良いのか悪いのかは人生の最終局面でなければ判断できないし、価値観は人それぞれである。
私は決して自分のライフスタイルを他者に強要するつもりはないが、より豊かな生活を過ごすための選択肢の一つとして、私のような者も世の中にはいることを知ってもらいたい。シニアの生活を楽しく過ごすための参考になるはずである。
もちろん一人暮らしをするに際して、健康と安全には気をつけているつもりである。また、妻とは毎日のようにLineで生存確認をしている。
社会的孤立
一人暮らしだと社会的なつながりが減少し、孤独を感じることがある。これは心理的なストレスやうつ病の原因になることがあるので厄介である。
確かにサラリーマン生活をリタイアした後に、田舎で一人暮らしを始めるとその地域のコミュニティにとっては新参者であり、余程の社交家でなければすぐに田舎のコミュニティには溶け込むことはできない。
私の場合は、ちょっと広めのパーソナルスペースを確保しつつ、適度な人間関係を構築したいタイプであるので、田舎のコミュニティにどっぷりと溶け込むことには抵抗がある。だから、逆に社会的孤立が原因で鬱状態になるリスクはほとんどないと言える。
幸いなことに、現在社会はインターネットに接続できる環境であれば、遠方の人たちともコミュニケーションを取ろうと思えば、いつだって取ることができる。だから完全な社会的な孤立を自ら望まない以上、何らかの繋がりが容易に得られるいう立場で物事を考えてしまいがちである。しかし、私のような楽天家ばかりでないのが世の中である。社会的孤立に悩んでいる方も多いのも事実である。孤独死のニュースが流れるたびに胸が痛む。
生活の維持
シニア世代にとっては、掃除や料理などの家事や買い物など日常のタスクをこなすのが体力的にも厳しくなる。また、家のメンテナンスや修理も自分で対応する必要があるため、負担が大きい。
しかしながら、シニア世代は現役世代と違って時間的な余裕が格段に多い。この時間的なゆとりは、掃除や料理などの家事や買い物など日常のタスクですらストレスにはならない。サラリーマン生活を送っていた頃は家事一切を妻に押し付けていた私にとっては、リタイア後の家事は妻への感謝の念を強くすると共に新鮮で興味深いものになっている。
経済的な問題
年金や貯金だけでは生活費を賄うのが難しく、経済的な不安を抱えることがある。特に医療費や介護費用がかさむと大変である。その不安を解消するためには、心身が健康なうちは何らかの仕事をして年金の不足分を稼ぐ必要がある。経済的な問題が解消できれば、シニア世代が生活する上で精神衛生的にも良いのは言うまでもない。
不確実な将来を思って嘆くよりは、今できることに注力する方が生産的であると私は思う。そのための努力はできるだけ早くから始めておく方がシニア世代を迎えてから慌てふためく必要がないのは良いのは言うまでもない。しかし、人生100年時代を迎えた現代においては、いつ始めても遅いことはないと私は思う。
技術の進化への対応
デジタル化が進む中で、インターネットやスマートフォンの使い方に慣れないシニア世代にとっては、情報格差が生まれやすい環境であると言われている。確かにインターネットを全く活用していない人は、世代を問わず、現代社会では不利益を被っている可能性が高い。
一方、中途半端な情報リテラシーでネット社会に繋がっていると、フィッシングなどの被害を受けることもある。そんな被害に会うくらいなら、ネット社会から隔離された生活の方がましであると考えるシニア世代もいるかも知れないが、それは「羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)」と同じことになりかねないと私は思う。
デジタル化が進む現代社会では、否応なしにネット社会に繋がらなくては不利益を得ることになる。ネット社会に必要な情報リテラシーを身につけることが現代を生きる私たちに求められていると思う。
あとがき
私が大学生であった頃は、BASICというコンピュータ言語を搭載したパソコンが知られるようになった時代である。パソコンは非常に高価で、個人で購入することはできなかった。
社会人になって東芝製のRupo(ルポ)というノート型ワープロを購入したのが電子機器への初めての投資である。タイプライターが苦手な私にとって、このRupoはドイツでの研修時代にレポート作成に大いに役立った。ワープロはタイプライターとして異なり、推敲や編集が容易にできるのが最大のメリットであることを比較的早い時期に体験したわけである。
その後、「マックの伝道師」とも称すべき後輩によって、私はアップル社のマッキントッシュのOSの素晴らしさを学ぶことができた。この後輩との出会いに私は感謝している。
私は、会社がWindowsマシーンを正式に導入するまで、マッキントッシュからMacやMacbookまでアップル社製のパソコンを買い増していく。外付けハードディスク、スキャナーやプリンターなどの周辺機器を含めると相当な投資額(教材費?)になるが気にしないようにしている。
当時の給与から考えれば、非常に高い教材費を支払ったおかげで、会社がWindowsマシーンをビジネスツールとして業務に活用するようになっても全く苦になることは一切なかった。何が言いたいかと言うと、先行投資はいずれ役に立って、投資額相当の利益を回収できるということである。たとえ回収できなくとも自分への投資は、人生を豊かにすると私は思っている。
話題が主題からずれてしまったが、今日、私がパソコンやネットコミュニケーションに抵抗がないのは、紛れもなく、この「先行投資」のおかげであるのは確かである。