はじめに
「紅葉」と書いて【こうよう】または【もみじ】と読むが、まさしくモミジの紅葉は深まる秋の風物詩として格別である。
2022年にはサッカーのワールドカップ(カタール大会)が開催されたが、36年ぶりにカナダも参戦していた。そのカナダの国旗には、サトウカエデが描かれている。
英語では、カエデはmaple(メープル)、モミジはjapanise maple(ジャパニーズメープル)と称することがあるが、両者には植物分類上の区別はなく、共にムクロジ科カエデ属の落葉高木である。ただし、日本では葉の切れ込みが多くて深いものをモミジ、葉の切れ込みが浅いものをカエデと呼んでいるようである。日本は海外と比べると園芸種も含めてカエデの種類が多いからであるかも知れない。
モミジの種類として有名なものには、イロハモミジ、ヤマモミジ、オオモミジなどがあり、紅葉も艶やかである。
一方、カエデと称するものには、ハウチワカエデ、トウカエデ、イタヤカエデなどが知られている。
イロハモミジは、ムクロジ科カエデ属の落葉高木であるが、単にモミジと呼ばれることも多い。日本で最もよく見られるカエデ属の種で、紅葉の代表種でもある。イロハモミジより作られた園芸種も多い。イロハモミジという和名は、葉が手のひらのように5~7つ裂片があり、この裂片を「いろはにほへと」と数えたことに由来するという。
自宅の庭にもイロハモミジの木を一本だけ植えているが、種が庭に落ち、小さな葉をつけたイロハモミジが自生してくる。そのまま放置しておくといつしか枯れてしまっている。狭い庭では植栽する場所がないので、自生してくるイロハモミジを鉢植えにして育ててみたところ結構大きく育った。
イロハモミジは、四季折々の美しさを見せてくれる魅力的な雑木である。春は新芽、初夏は新緑、秋は紅葉、そして落葉した冬ですら寒樹として私たちの目を楽しませてくれる。
偶然ながらヤマモミジが盆栽にできることをネットで知った。ヤマモミジが盆栽になるならイロハモミジでも盆栽になるはずだと思い、イロハモミジの盆栽、正確には「盆栽モドキの鉢植え」を作ることにした。
本稿では、イロハモミジの「盆栽モドキの鉢植え」の作り方とその管理方法、そして四季の変化の楽しみ方について記載する。
<目次> はじめに 鉢植えと盆栽の違い 盆栽モドキの鉢植えの作り方 準備するもの 盆栽モドキの鉢植え作りの手順 盆栽モドキの鉢植えの管理 盆栽モドキの鉢植えの楽しみ方 美しい若葉を楽しむ 美しい青葉を楽しむ 美しい紅葉を楽しむ 美しい寒樹を楽しむ あとがき |
鉢植えと盆栽の違い
当り前のことであるが、樹木を植木鉢に植えただけものが「鉢植え」である。一方、盆栽はそこに手を入れて、形を整えて、大きな自然を小さな鉢の中に再現していく「作品」のことをいう。
盆栽の定義は、樹木を鉢に植えて自然の景色を表現するために美しく仕立てることらしい。確かに「盆栽」をよく見ると枝に針金がかけられていることがある。針金で重心を下げていくように形を整えていくことで、古木の味わいや雪の重みを表しているのだそうな。なんとも風流である。
さらに盆栽ならではの表現として席【せき】と呼ばれる空間の単位がある。盆栽自体だけでなく、その空間のどこにどうやって配置するかを考えるのだそうだ。実に奥が深い!
「席」の役割は「ないものまで想像させる」ためであり、盆栽においては重要なポイントであるという。つまり盆栽自体だけでなくその空間一つ(一席)を芸術作品として見立てるという趣向である。だから盆栽の形状に合わせて、目に見えない風が吹いているかのように見せるために盆栽の視点の流れの終わりに水石(鑑賞石)を置く場合もあるということである。
このように盆栽は非常に奥が深い。鑑賞するだけにとどめておくべきか躊躇するところである。本格的な盆栽を作るとなると腰が引けるので、「盆栽モドキの鉢植え」を作ることから始めようと思う。
盆栽モドキの鉢植えの作り方
準備するもの
- 苗木
- 鉢
- 鉢穴用防虫ネット
- 盆栽用の用土
- 苔
- 洗いおけ
- ピンセット
- 剪定はさみ
- じょうろ
盆栽を作るためには、通常は上記以外に盆栽用の針金や「やっとこ」を準備するが、私は使用しなかった。後述したように深い鉢を使用したので浅い鉢の場合のように苗木を針金で固定する必要がなかったからである。
また、イロハモミジの枝は繊細で針金で無理に造形しようとすると折れてしまう。カエデ類の針金による造形は上級者向けのようだ。私のような初心者は自然のまま、つまり成り行きに任せた方が無難である。
盆栽モドキの鉢植え作りの手順
- 盆栽仕立てにする苗木の正面を決める
- 苗木を盆栽鉢に移し替える
- 苗木を管理をしながら盆栽に仕立ていく
苗木の正面の決め方
正面の決め方として、苗木を盆栽鉢の上に置き、真上から、次に真横から一周して観ながら幹の立ち上がり、根張り、樹木の幹模様、枝ぶりや樹形が全体的に一番良く見えるところが正面になる。その反対側は裏面になる。盆栽の裏面は、奥行きがあり枝ぶりが良い状態になるように作ると良いらしい。
ネット等で調べていて、上記のような説明を目にするが、実際はそれほど苗木の正面を決めることは簡単ではない。若い苗木ではなかなか気に入った苗木の正面が見つからない場合が多いからである。
だから私は数年かけて自分の好みに仕立てていく過程で決めれば良いと思う。枝ぶりや樹形全体のバランスをみながら正面を決めていくプロセスも選択肢になると思う。植替え時にその「正面」を正面にすればよい。それも盆栽作りの楽しみ方であると思う。
邪道かも知れないが、円形鉢を使用すれば「正面」を気にせず植え替えることができる。植えた後でも「正面」の向きはいくらでも変えることができるフレキシビリティがある。
苗木を盆栽鉢に移し替える手順
- 苗木を根や幹を傷めないように注意しながら鉢から抜く。
- 抜き出した苗木は根が詰まっていたり、絡まっていたりしている場合が多いので、細くて繊細な根を傷めないように根の周りに付いている土を丁寧に取り除く。
- 古い土を取り除いたら、水を入れた洗い桶の中で根についている残りの土を丁寧に取り除く。
- 苗木の根は手で傷めないよう丁寧にほぐす。
- 最後にきれいな水で根を洗い流す。
- 盆栽鉢の底の穴に防虫ネットを置き、針金を使って取り付ける。
- 全体の1/3ぐらいまで盆栽用土を入れる。
- その用土の上に苗木をのせて、残りの用土をかける。
- 土を湿らす程度に水をかける。
- 最後に苔をのせる。苔はできるだけ鉢上全体を1枚の大きさでかぶせることができるサイズの苔を用意することがポイントである。
浅い盆栽鉢を使用する場合は、用土を入れる前に鉢底の穴から針金を通して苗木を固定するとよいらしい。針金で苗木を固定すると、用土をいれてもぐらつきがなくなり、苗木が安定して根つきも良くなるという。
家を留守にすることが多い私は水やりなどの世話ができない場合を考えて用土が沢山入る深い鉢を使用することにした。結局、普通の鉢植えと変わらない「盆栽モドキの鉢植え」が誕生した。
盆栽モドキの鉢植えの管理
盆栽鉢に植えた苗木の剪定は、梅雨と秋の落葉後に行うことができる。
剪定の手順
- 新芽を残しながら幹から出た枝の2~3節目ぐらいを残して剪定する。
- 枝の先端が2つにわかれている枝は、片方を切り落として整枝する。
- 不揃いな細かい枝も揃えたり整えたりする。
4月頃から新芽もきれいに出揃い、葉の大きさも同じように揃うので、樹形が整った美しい盆栽に仕立てることができる。
置き場所
盆栽は、出来るだけ陽当たりや風通しが良い屋外に置いて、育てると良いとされる。しかし、夏季は強い日差しによって葉が日焼けしやすいので、半日陰で風通しの良い所に置くとよい。この時期に葉が日焼けをしてしまうと、葉先が枯れて丸まってしまい、秋の紅葉を期待することが難しくなるからである。
冬季は、冷たい北風や霜が当たらない軒下に置き、日中は暖かい陽射しが当たる場所に置く。夕方になったら軒下に戻すなど、結構大変であるが、これらのことも忘れずに行う必要がある。
水やり
水やりは、鉢底から水が流れ出るまで行う。新芽が出る春と紅葉が始まる秋は1日に1~2回ぐらい、冬は3日に1回ぐらいの頻度で水やりをする。夏場は朝夕の2回ぐらいの水やりと葉水が必要になる。
施肥
施肥は、新芽が出る4月から7月までである。夏の暑い時期はお休みして9月になったら月に1回ぐらいのペースで固形タイプの有機肥料を与える。
害虫対策
害虫の影響を受けやすいので、春の新芽が出た頃から秋の紅葉時期まで注意が必要である。
新芽が出る4月頃から11月頃までは、アブラムシやシンクイムシがつきやすい。シンクイムシは、幹の中に入り込んで穴をあけてしまうので、枯らしてしまう恐れがある。だから見つけ次第、すぐに駆除する。
夏の終わりから秋の初めはうどんこ病にかかりやすいので、予防薬の散布する。
植替え
植替えは根張りの状態にもよるが、2~3年に一度、植替えをするとよい。
盆栽モドキの鉢植えの楽しみ方
美しい若葉を楽しむ
イロハモミジと言えば、秋の紅葉(赤色)のイメージをすぐに思い浮かべると思うが、春の若葉(緑色)も可愛く、美しいものである。
イロハモミジの若葉にも他の植物と同様に、葉緑素(クロロフィル)という緑色の色素が多く含まれている。クロロフィルは、光合成の明反応で光エネルギーを吸収する役割をもつ化学物質であり、葉緑体のチラコイドに多く存在する。太陽の光エネルギーを使って水を酸化し、二酸化炭素を還元して、スクロースを生成する反応が、葉緑体の中で完結する。いわゆる植物による光合成である。この光合成の際にクロロフィルは重要な役割を果たす。
イロハモミジの若葉が緑色をしているのは、葉の中に緑色のクロロフィルを含んでいるからである。
美しい青葉を楽しむ
春が過ぎ、夏に向かっていく季節には、イロハモミジの葉の色は深い緑色に変わってくる。葉中のクロロフィル量が増えていくと深い緑色へと変化するからである。いわゆる「青もみじ」の美しさが体感できるようになる。
俳句に使われる季語として「青楓」というのがあるが、若葉から青葉に移る頃(6月頃)の季語である。
美しい紅葉を楽しむ
植物の葉が緑色から赤色や黄色に変わることを紅葉という。イロハモミジが紅葉すると赤色になるのは、葉の中にアントシアンという赤色の色素が多く生成されるからである。アントシアンには抗酸化作用や活性酸素の生成を抑制するといった働きがあるとされる。
秋になって太陽の光が少なくなると、葉中の緑色のクロロフィルが分解されて減り、代わってアントシアニンが次々に合成されることによって、葉は赤くなる。イロハモミジの葉の場合は、緑色から少し黒ずんだ赤紫色に変化し、やがて綺麗な赤色になる。これは、アントシアニンが合成されても一部のクロロフィルが分解されずに残っていると、赤色と緑色が混ざって黒ずんで見えるためである。やがてクロロフィルが完全に分解されてしまうと、葉はアントシアニンによる鮮やかな赤色になる。落葉前にアントシアニンを合成する理由はアントシアニンの紫外線吸収作用によって紫外線で生じる障害から細胞を守るためだと考えられている。
イロハモミジの盆栽または盆栽モドキの鉢植えで秋の美しい紅葉を楽しむためには、置き場所や病害虫に注意するほかに、日頃の水やりや葉水を与えることが必要である。
葉水とは、葉に水を与える作業で、葉水によって夜間の葉の温度を下げる。夏と同じように秋季にも葉水を与える。
葉水を夕方行うことで、葉の温度が夜間に下がり、盆栽全体の湿度が保たれ、葉の乾燥を防ぐことができる。
残暑の時期には朝夕2回の水やりと葉水を夕方行う。このような管理作業によって、高山に自生している樹木の紅葉条件と同じような寒暖の差がある環境を平地でも作ることができるので、イロハモミジの盆栽でも美しい紅葉を期待することができる。
初秋の頃からイロハモミジは越冬の準備を始めるので、9月になったら夏の間控えていた肥料やりも再開する。
季節が気温が30℃を下回るようになったら、日当たりのよい場所に置いて、直射日光をたっぷりと浴びさせる。この時期に陽当たりの悪い場所にイロハモミジを置くと、美しい紅葉が期待できない。したがって、置き場所は非常に重要である。
秋は、カミキリ虫、毛虫や青虫などが葉につきやすい。見つけ次第、駆除しなければならない。
また、うどんこ病などが発生しやすいので、うどんこ病が発生していた葉を見つけた場合は柄から切り取る。そして、イロハモミジ全体にうどんこ病に効果のある殺菌剤を吹きかけ、消毒する。この処置は早いほどよいので、毎日の水遣り等の際にイロハモミジの変化を注意しながら観察して、病害虫を見逃さないことが重要となる。
美しい寒樹を楽しむ
紅葉が終わると落葉して幹と枝のみになった盆栽または盆栽モドキの鉢植えは「寒樹」と呼ばれる。
イロハモミジの寒樹は、幹や枝の曲線も美しく、早春になると芽を出すので生命力が感じられる。
冬の間、イロハモミジの寒樹を楽しむためには「枝抜き」の作業が必要である。
枝抜きが行える時期は落葉時から、新しい芽がでる春までの間である。発芽前に不必要で樹形のバランスを乱す枝を見つけて取り除く。
寒樹は、樹形全体のバランス、幹模様や枝ぶり、樹木の傷まで分かるので、自分の盆栽がよい盆栽であるか否かが判断しやすい。
あとがき
イロハモミジの盆栽モドキの鉢植えは、適切な管理作業を行うことで美しい紅葉と寒樹の両方を楽しむことができる。
実は、イロハモミジの盆栽モドキの鉢植えは、秋の紅葉と冬の寒樹だけでなく、春の新芽から夏の青葉も十分に楽しめる。つまり四季を通して楽しめる。
だから日頃の面倒な管理作業も苦ではなくなるというものだ。イロハモミジの盆栽モドキの鉢植えを作り、四季の移り変わりを目で確認しながら日々をゆったりと過ごすのも悪くないシニア生活であるかも知れない。
【参考資料】
中山草司著;庭師の技術がわかる庭木の手入れ(1993年刊、大泉書店) |
船越亮二監修;庭木の手入れ(1993年刊、主婦と生活社) |
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