はじめに
古事記や日本書紀に描かれている日本神話に興味を持つと、その神話に登場する神様が祀られている神社にもおのずと関心がいくようになるものである。そして、その神社を調べているなかで宮中祭祀の一つとされる四方拝【しほうはい】という用語が何の説明もなく現れて理解に戸惑った経験をごく最近した。そのことがきっかけで、四方拝をはじめとする宮中祭祀について少しは知識を得ておきたいと思い、本稿を書いている。
代表的な宮中祭祀には、当然ながらそれぞれ特定の意味と目的があるとされる。その代表的な宮中祭祀とその意味とは下記のとおりである。
- 四方拝【しほうはい】(1月1日)
- 新年の最初に天皇が執り行う重要な祭祀
- 四方の神々を拝し、その年の国家安寧と五穀豊穣を祈る
- 宮中三殿の西側にある神嘉殿の南庭で行われる
- 歳旦祭【さいたんさい】(1月1日)
- 天皇が自ら御告文を奏上する
- 新年を迎えるに際し、天皇が国家と国民の繁栄を祈る
- 宮中三殿で行われる
- 元始祭【げんしさい】(1月3日)
- 天皇が国家の始まりを祝う儀式
- 天皇が自ら御告文を奏上する
- 国家の繁栄を祈る
- 宮中三殿で行われる
- 祈年祭【きねんさい】(2月17日)
- 五穀豊穣を祈る儀式
- 天皇が自ら御告文を奏上する
- 農作物の豊作を祈願する
- 宮中三殿で行われる
- 神嘗祭【かんなめさい】(10月17日)
- 新穀の収穫を感謝する祭祀
- 伊勢神宮で行われる新穀を神に捧げる儀式
- 宮中でも同時に行われる
- 天皇が自ら御告文を奏上する
- 新嘗祭【にいなめさい】(11月23日)
- 新穀を神に捧げ、収穫を感謝する儀式
- 天皇が自ら御告文を奏上し、新穀を神に供える
- 春季皇霊祭【しゅんきこうれいさい】(春分の日)
- 歴代天皇や皇族の霊を祀る儀式
- 先祖の霊を慰めるために行われる
- 皇霊殿【こうれいでん】で行われる
- 秋季皇霊祭【しゅうきこうれいさい】(秋分の日)
- 歴代天皇や皇族の霊を祀る儀式
- 先祖の霊を慰めるために行われる
- 皇霊殿で行われる
このように宮中祭祀は、天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈るために行われる重要な儀式である。歴史的にも重要な役割を果たしている。
尚、宮中三殿は、皇居内(吹上御苑)にある三つの重要な神殿の総称である。賢所【かしこどころ】、皇霊殿【こうれいでん】、神殿と呼ばれる3つの神殿から構成されている。
賢所は、天照大御神を祀る神殿で、三種の神器の一つ「神鏡」が安置されている。三殿の中でも最も重要とされる神殿である。
皇霊殿は、歴代の天皇や皇族の霊を祀る神殿である。春季皇霊祭や秋季皇霊祭などの祭祀はこの神殿で行われる。
神殿は、天神地祇【てんじんちぎ】や八百万神【やおよろずのかみ】を祀る神殿である。元々は「八神殿」と呼ばれていたらしいが、後に「神殿」と改称されたという。
これらの神殿は、国家の安寧や五穀豊穣を祈るための重要な役割を果たしている。
四方拝とは?
四方拝【しほうはい】は、毎年1月1日(元日)の早朝に宮中で行われる重要な儀式である。この儀式では、天皇が天地四方の神々を拝し、その年の五穀豊穣や国家の安寧を祈願する。
四方拝の歴史
四方拝の起源は、飛鳥時代にまで遡るとされている。日本書紀には、皇極天皇が南淵で四方を拝み、天を仰ぎ祈ったという記述があるようだ。しかしながら、現在のような儀式での四方拝は平安時代初期に始まったとされる。嵯峨天皇の時代に宮中で行われるようになり、宇多天皇の時代に儀式として定着したと言われている。
四方拝の意義
四方拝は、天皇が国家と国民の安泰と繁栄を祈るための重要な宮中祭祀の一つとされる。天皇が自ら地上に降り立ち、身をへり下りて天神地祇を拝することで、年災消滅や五穀豊穣を祈願する。この儀式は、今日では天皇が国家の象徴としての役割を果たす重要な機会でもあると理解されている。
儀式の内容
四方拝は、元日の午前5時30分頃に、宮中三殿の西側にある神嘉殿の南庭で行われるという。
天皇は、黄櫨染御袍【こうろぜんのごほう】という特別な装束を着用し、下記のような伊勢神宮や歴代天皇の陵、四方の神々に向かって拝礼する。
- 伊勢神宮(内宮・外宮)(三重県伊勢市)
- 天神地祇【てんじんちぎ】(天津神と国津神の総称)
- 神武天皇陵(奈良県橿原市)
- 先帝三代の陵
- 氷川神社(武蔵国一宮;埼玉県さいたま市)
- 上加茂神社(賀茂別雷神社;京都市)
- 下鴨神社(賀茂御祖神社;京都市)
- 石清水八幡宮(京都府八幡市)
- 熱田神宮(名古屋市)
- 鹿島神宮(常陸国一宮)
- 香取神宮(下総国一宮)
四方拝は、天皇が国家と国民の安泰と繁栄を祈るための重要な儀式であり、その歴史と意義は非常に深いものとされる。
あとがき
伊勢神宮と熱田神宮は、天照大御神と深い関係があるので別として、あまたの神社のなかから上記のような神社が選ばれている理由が知りたいところである。
おそらく主祭神がどの神かをはじめとして、歴史的な要因(平安京時代から明治維新まで日本の都であった京都の重要神社)や地理的な要因(明治維新後になった都となった東京の近郊にある重要な神社)などが考慮されているはずである。
- 伊勢神宮(内宮・外宮)(三重県伊勢市)
- 日本最高位の神社
- 天照大御神(内宮)と豊受大神(外宮)を祀る
- 天皇の祖先神である天照大御神を祀る
- 国家の安寧と繁栄を祈るために重要な神社とされる
- 氷川神社(武蔵国一宮;埼玉県さいたま市)
- 関東地方を代表する神社であり、武蔵国の一宮
- 須佐之男命が主祭神で、関東地方の守護神として信仰
- 上賀茂神社(賀茂別雷神社;京都市)
- 賀茂別雷大神【かもわけいかづちのおおかみ】を祀る
- 平安京の守護神として重要な役割を果たしてきた
- 下鴨神社(賀茂御祖神社;京都市)
- 上賀茂神社とともに賀茂氏の氏神を祀る神社
- 賀茂建角身命【かもたけつぬみのみこと】は主祭神の一柱
- 平安京の守護神として重要な役割を果たしてきた
- 石清水八幡宮(京都府八幡市)
- 八幡神を祀る神社で、武家の守護神として信仰
- 特に源氏一族からの信仰が厚かった
- 国家の守護神としての役割を果たしている
- 熱田神宮(名古屋市)
- 三種の神器の一つである草薙剣を御神体として祀る
- 国家の守護神として重要な役割を果たしている
- 鹿島神宮(常陸国一宮)
- 武甕槌大神【たけみかづちのおおかみ】を祀る神社
- 武道の神様として信仰されている
- 国家の守護神としての役割を果たしている
- 香取神宮(下総国一宮)
- 経津主大神【ふつぬしのおおかみ】を祀る神社
- 鹿島神宮とともに東国の守護神として信仰されている
- 国家の守護神としての役割を果たしている
これらの神社は、いずれも国家の安寧と繁栄を祈るために重要な役割を果たしており、四方拝の対象として選ばれていると言えそうである。