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思考系脳を鍛える

ピーター・ドラッガーの教えによる時間管理と仕事術

はじめに

サラリーマン生活をリタイアして早いもので約8カ月が経った。毎日が日曜日のような生活を過ごしていると曜日の認識が麻痺してくる。大谷翔平選手が活躍するエンゼルスの試合(MLB)のテレビ放送がない日が火曜日(米国現地では月曜日)であることに気付くような生活を続けていてよいわけがない。

リタイアしたら時間があると言われるが無尽蔵に時間が増えているわけではない。人間の寿命を考えれば、むしろ日々死に向かって進んでいるから、若い人に比べると、時間が限られていると考えた方が正しい。

リタイア後のシニア世代にも時間管理は必要である。否、シニア世代こそ時間に対する自己管理の重要性がより高まったと考えるべきではないか、そう思うようになったのは14年以上も前に読んだピーター・ドラッガー博士の遺作の著書[1]を自宅本棚で手に取って再読したことがきっかけになっている。

時間は有限であって、かけがえのない資源である。1日、1週、1年のいずれの時間も増やすことはできない。だが、あらゆることが時間を必要とする。最も稀少な資源である時間のマネジメントによって、あらゆる成果が左右される。時間のマネジメントは成果をあげるための土台である。[1]

世の中には時間術に関する方法論や書籍が山ほどあるが、そのどれも本当に役に立った経験が私にはほとんどない。唯一、ピーター・ドラッガー博士の教えから学んだ時間管理と仕事術だけが私の時間管理と仕事術によい影響をもたらしたことだけは確かである。

目次
はじめに
時間のマネジメントの要諦
時間の使い方を診断する
締切を設ける
情報の入手を容易にする
選択と集中の仕事術
惰性や無意識でのマルチタスクはダメ!
意識的に選択と集中
あとがき
おまけ

時間のマネジメントの要諦

ビスネスマネジメントの父と呼ばれたピーター・ドラッガー博士は時間のマネジメントについて彼自身の著作の中で次のような視点が重要であると教えてくれている[1]。

  • 時間は特異な資源であることを意識する
  • 時間の使い方を計画する
  • 時間使い方診断する(⇒時間の使い方を知る)
  • 仕事を整理する(⇒必要でない仕事は捨てる)
  • 仕事を任せる(⇒自分がすべき得意な仕事に集中する)
  • 空いた時間をまとめる(⇒まとまった時間を増やす工夫を)
  • 仕事に優先順位をつけ、それぞれに締切を設ける
  • 他人の時間を無駄にしないよう気をつける
  • 周期的に繰り返される混乱をなくす(⇒ルーティン化)
  • 組織のスリム化(⇒人間関係で喪失する時間を節約)
  • 目的があいまいな会議には参加しない
  • 情報の入手を容易にする(⇒情報収集に時間をかけない)

時間の使い方を診断する

時間をマネジメントするためにはどれも重要であるが、なかでも「時間の使い方を診断する」ことに私は注目すべきだと考えている。

時間管理と言えば、一般的にはプラニング(計画)とタスクの見える化に注目した方法を推奨したものが多い。その一方で自分がどのような時間の使い方をしているか診断(検証)している人は少ないのではないだろうか?

ピーター・ドラッガー博士は、「成果をあげるための第一歩は、時間を記録することである」と言っている。

私達がなすべき行動は、「1週間の時間を記録して分類する」ことであり、その記録を見て日々のスケジュール調整し、組み替えていく

ドラッガー博士は続けて、「時間の使い方は練習によって改善できる。だが絶えず努力をしないかぎり、仕事に流される」と指摘する。

ドラッガー博士の著書には次のような一節もある。「時間の使い方を知っている者は、考えることによって成果をあげる行動する前に考える。繰り返し起こる問題の処理について、体系的かつ徹底的考えることに時間を使う


締切を設ける

次に私が注目しているのは「締切を設ける」ということである。ドラッガー博士は、「成果をあげるには、継続して時間をマネジメントしなければならない。たまに分析するだけでは不十分である。重要な仕事には締切を設けなければならない」と言っている。

具体的な行動としては「まとまった時間を投入するためには手持ちの仕事を列挙して優先順位をつける。そして重要な仕事乗り気のしない仕事の双方について締切を設ける」ことである。

締め切りや期限が近づくと仕事がグンと捗った経験は誰しもあると思う。あらゆることに締め切りを作るということは脳を活性化させるために必要な方法であると思う。特に、リタイアして時間に余裕ができるとつい締め切りなしでものごとをやってしまおうとする。そうすると仕事が全く進まないどころかスタートさえしないままになっている。「締切を設ける」ということは仕事を遂行する上で不可欠であるとリタイアして私は再認識した。

ドラッガー博士は、次のような非常に興味深いことを指摘してくれている。

「仕事についての助言は、計画せよから始まる。もっともらしく思われるが、問題はそれではうまくいかないところにある。計画は紙の上で消える。よき意図の表明に終わる。実行されることは稀である」[2]。


情報の入手を容易にする

三つ目に重要なことと私が思うのが情報の入手に関してである。ドラッガー博士は、「情報時間節約するはずのものである」と言っている[3]。

肝に銘じるべきは、「変化と継続の調和のためには、情報に対する不断の取り組みが不可欠である。信頼の欠如や不足ほど継続性を損ない、関係を傷つけるものはない。

したがって、あらゆる組織が、何を誰に知らせるべきかを考えることを当然としなければならない。このことは情報化の進展により、協力して働くべき者たちが常に隣り合って働くとはかぎらなくなっていく状況の下にあって、ますます重要になっていく」という指摘である[3]。

具体的な私達の行動としては、情報の伝達に何か漏れはないか? 何か遅れはないか?と常に自らに問い、あらゆることについて情報の入手を容易にするような姿勢を身につけておくことである。


選択と集中の仕事術

惰性や無意識でのマルチタスクはダメ!

会社員であった頃は、仕事は常に複数があり、コンピューターが複数のアプリケーションを同時に起動して、異なる処理を同時に並行して実行するかのごとく働いていた。これは私だけの話に限ったことではなく、会社員であればほとんどの者が経験していることだとも思う。

会社もマルチタスクができる社員を歓迎していたように思う。マルチタスクとかというと仕事ができる人のようなイメージが湧いてきて本人も会社も双方が勝手にそのイメージに満足していたように思う。

しかし、成果をあげるという観点から考えれば、マルチタスクといってもその数には限度というものがある。

ドラッガー博士も次のように述べている。「成果をあげるには、手を広げすぎてはならない。一つのことに集中する必要がある。若干の気分転換を必要とするというのであれば、二つのことを行ってもよい。しかし、三つ以上のことを同時にこなせる者はいないはずである。したがって、なされるべきことを考えたならば、そこに優先順位を付け、それを守らなければならない。」[2]

明確な目的をもたずに仕事に向き合うと知らず知らずのうちに仕事の種類や量が増えていってしまう。しかし、ついでにやった仕事は、文字通りついでの仕事でしかない。つまり、場当たり的な対応でしかないので、大きな成果は期待できないということに繋がる。この習慣の怖いところは、私達は無意識のうちにやってしまっていることである。気がついたときには、すでに行動してしまっていることである。

ついでに何かをやっておこうという場当たり的な対応に対してもドラッガー博士は手厳しい。彼は、「最大の成果は集中することによってのみ手にできる。」と述べている。[4]

さらに「あらゆることを少しづつ手がけることは最悪である。」とも言っている。[5]

惰性や無意識で行動することを厳に慎み、意識して行動するということは意外に難しいことである。それを実行するための助言がある。それは「自らが負うべき責任と成果についての責任を考え抜き、書きとめなければならない。」というドラッガー博士の言葉である。[4]

よく考え、書きとめるという習慣が私たち、特に私には足りなかったように思う。書き留めておけば、機をみてフィードバックすることができるし、少なくとも惰性や無意識で行動することはなくなるはずである。

そもそもマルチタスクとは複数の作業を切り替えながら同時進行させる能力であり、決して同時作業を意味していない。思考系脳をうまく切り替えながら集中力を切らさずに複数の業務に対応できる能力であるはずだ。マルチタスクの数に限度があるのは、この思考系脳の切り替えには人によって差があるからであろう。ドラッガー博士の指摘を、この思考系脳の切り替えの出来・不出来から考えると理解しやすいと私は思う。


意識的に選択と集中

そして仕事で成果をあげるためには選択と集中が重要だと説く。なかでも私が好きなドラッガー博士の名言には、「まず、やりたいを決め、次に何に集中すべきかを決めなさい」、「出来ないことではなく、出来ることに集中しなさい」、「最も重要なことから始めなさい」というのがある。


ドラッガー博士の選択と集中に関する助言を知るには次のような名言が適しているかも知れない。

「いまさら、自分を変えようとしてはならない。そんなのは、うまくいくわけがない。自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに、力を入れるべきである。人の卓越性は、一つの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである。」

「不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである。無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くの エネルギーと努力を必要とする。」


選択と集中に関して言えば、ドラッガー博士は経営者に対しても次のような助言をしている。

  • 「世界一になりなさい。さもなければ撤退しなさい。」
  • 「生産性を上げる一番簡単な方法は、今、一番成果が出ている仕事に集中し、成果が出ていない仕事からは、撤退してしまうことである。」
  • 「生産性を向上させるためにまず問うべきは、何が目的か、何を実現させようとしているか、なぜそれを行うかである。」
  • 「成果を上げる人の共通点は、行わなければいけない事を、しっかり行っているというだけである。」
  • 「成果とは、常に成功することではない。そこには、間違いや失敗を許す余地がなければならない。」
  • 「間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である。」
  • 「数千のアイデアを育てて、やっと一つの成果を得ることが出来る。」
  • 「失敗者が何をして失敗したかよりも、成功者が何をして成功したかを学びなさい。」
  • 「学問的な言い方ではないが、仕事ができる組織は仕事を楽しんでいる。」

あとがき

世の中には時間術に関する方法論や書籍が山ほどあるが、そのどれも本当に役に立ったという先例がほとんどない。時間術で仕事のパフォーマンスがあがるわけではなく、時間術自体が目的化して、時間術を駆使している本人が満足しているだけではないかという指摘があるほどである。

時間術に関する方法論は、効率の追求によって産業革命が花開いたという事実に基づいているように思われる。しかしながら、効率重視によって逆に仕事の成果が低下してしまうケースも多いことが最近の研究で明らかになってきている。その理由には2つあり、一つは①時間効率の追求が判断力を下げることであり、もう一つは②時間効率を上げるほど創造性が低下するからであるという。

確かに短い時間内に効率よく複数のタスクを詰め込んだ結果、大事なことに手をつけ忘れてしまったり、無理な依頼を引き受けてしまったりといった問題が起きることもある。これを行動科学では「トンネリング」と呼ぶらしい。トンネリングとは、複数のタスクを効率よくこなすうちに脳の処理能力が限界に達し、適切な選択をする能力が下がってしまう現象のことである。つまりマルチタスクの限界である。音楽を聞きながら、車を運転し、同時に助手席の人間とも会話し、さらには進行方向の横断歩道や側道を歩く知人の姿に気を取られれば、ドライバーがどんなにベテランでも事故を起こす確率は跳ね上がるというものだ。

トンネリングの弊害は、(1)手軽なタスクだけで満足することと、(2)戦略的な計画が立てられなくなることだと言われている。時間効率への意識が強くなり過ぎると、私たちは大局観を失い、目先の課題に追われて忙しさが増し、長期的展望からの重要なタスクに手をつけずにいても平気になってしまうという。

効率の追求が引き起こす弊害は、上述のような判断力の低下であるが、創造性の低下にも注目しなくてはいけない。私たちは良いアイデアを思いつき、問題解決の能力を発揮しなくてはいけないが、効率追求により創造力も低下する傾向があるという。

効率重視で時間を気にすると、大半の人は思考の広がりがなくなり、そのせいで最終的な成果の量まで減ってしまうという。このような弊害が起きるのは、創造的なアイデアを生むには拡散的思考が必要であるからだという。拡散的思考とは、頭の中にとりとめもないイメージや記憶を遊ばせるタイプの脳の使い方で、心と体がリラックス状態に入ったときに現れやすい傾向があるとされる。

このような思考法が創造性に欠かせない理由は、オリジナリティのあるアイデアを思いつくには、既成の知識を新しく使う方法を編み出すか、これまでにない新鮮な組み合わせを探さねばならないからである。そのために頭の中を自由なイメージと知識がさまようにまかせ、意外な情報の結びつきが起きるのを待つ必要がある。つまりは、リラックスモードに入った脳が拡散的思考に切り替わるのを待たなければならない。これは効率重視の行為とは相反する行為である。

確かに拡散的思考とは異なる収束的思考と呼ぶ思考法もあるにはある。収束的思考は、ひとつのことに意識を集中させ、特定の情報に脳のリソースを使う脳の使い方である。マルチタスクの場合、私たちの脳は収束的思考に切り替わり、集中力を高める方向に働き出すことで思考系脳が活性化しているわけである。

しかしながら、人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできていない。集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかない。いつも効率を求めて時間を気にしていると、私たちは収束的思考ばかり使うことになり、拡散モードの出番がなくなってしまう。その結果、創造的なアイデアの量は減り、フレームワークでこと足りる仕事しかできなくなるだろう。

現代の仕事の大半は創造的な発想が求められているはずだが、効率重視の仕事のやり方では対応できないと思う。勿論、時間の無駄を排除しパフォーマンスが下がるのを避ける努力は必要であるとは思うが、効率アップばかりを目指していたら、創造的な発想によるアイデアが浮かばないに違いない。

以上のような観点から、私は唯一推薦したいのがピーター・ドラッガー博士の時間術と仕事術である。皆さんにもご賛同頂けるのではなかろうか。


おまけ

1. 何かに行き詰まった時のドラッカーの名言
  • チャンスとは、ひとつのことに心に集中することによって、かろうじて見つけることができるものである。
  • 選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである。
  • 重要なことは、明日何をするかではなく、今日、何をしたかである。

2. 経営者の心に喝を入れるドラッカーの名言
  • マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである。
  • 新しい事業をつくり出すときは、大きなビジョンである必要はない。しかし、今日の常識とは違うものでなければならない。
  • 組織は常に、 進化していなくてはならない。
  • 組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される。
  • 組織のマネジメントとは、凄い人材を入れることや改新的なサービスを導入する事のように思われているが一番重要なのは、今ある人材と資産で何ができるかを考えることである。

3. 自分の何かを変えたい時のドラッカーの名言
  • どんな人でも努力すれば、“それなりの能力”は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなりの能力”があれば十分なのである。
  • 成功する人間に必要な生まれつきの能力などありはしない。ただ、あなたが成し遂げたいことに、必要な能力だけを身につければいいのだ。
  • これまでの実績など捨てなさい。自分の強みを過信した者は、生き残れません。

4. 仕事をする上で大事なドラッカーの名言
  • 仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい。
  • 基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する。

5. 成功したいと思った時のドラッカーの名言
  • 成功への道は、自らの手で未来をつくることによってのみ開ける。
  • 成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく。
  • 経営者が必ず身につけておかなければいけない、大事な要素がひとつだけある。それは”品性”である。

ピータードラッカーの「優先順位の原則」

第1原則 過去よりも未来を選ぶ

第2原則 問題・困難ではなく、可能性・チャンスを選ぶ

第3原則 平凡ではなく、独自性を選ぶ

第4原則 無難で容易なことではなく、変革をもたらすことを選ぶ。

上記の原則は、成功するための法則あるいは運とツキを呼び込むための法則とでも呼んだらよいのだろうか。

失敗の原因を突き止めることは重要ではあるが、失敗の責任を追及する(過去)よりも成功するにはどうしたらよいか(未来)に目を向けるべきだと思う。

安全や現状維持を選択せず、敢えて前人未踏の変革の道を進むことが必要であるという教えだと理解したい。


【参考資料】
1P.F. ドラッガー + J.A. マチャレロ著、
プロフェッショナルの原点(ダイヤモンド社)
2P.F. ドラッガー著、ドラッカー名著集1 経営者の条件
(ダイヤモンド社)
3P.F. ドラッガー著、明日を支配するもの
―――21世紀のマネジメント革命(ダイヤモンド社)
4P.F. ドラッガー著、非営利組織の経営(ダイヤモンド社)
5P.F. ドラッガー著、ドラッカー名著集13 マネジメント[上]―課題、責任、実践(ダイヤモンド社)