はじめに
弘法大師空海は、平安時代を代表する僧侶であり、仏教、文化、教育、土木事業など多方面で偉大な功績を残した。その多才さと影響力から、今でも日本の歴史と文化に深く刻まれている。
弘法大師空海の主な功績にどんなものがあるのだろうか? 空海の功績は、仏教だけでなく、教育や文化、社会インフラ整備にまで及んでいる。まさに多才な偉人として尊敬されている。
弘法大師空海の生涯
弘法大師空海の生涯を簡潔にまとめると下記のようになる。
- 774年: 讃岐国(現在の香川県)に生まれる
- 幼名は真魚【まお】
- 幼少期から聡明で、儒学や漢学を学んだが、より深い真理を求めて仏教の道を志した
- 804年: 遣唐使の一員として唐(中国)に渡り、長安の青龍寺で恵果阿闍梨【けいかあじゃり】に師事
- 密教の奥義を短期間で修得し、恵果から密教を日本に伝えるよう命じられた
- 806年: 帰国後、密教の普及に尽力し、真言宗を開宗
- 816年: 高野山を開創し、真言密教の中心地とした
- 京都の東寺(教王護国寺)を密教の拠点とし、嵯峨天皇の支持を得て活動を広げた
- 828年: 日本初の庶民教育機関である綜芸種智院【しゅげいしゅちいん】を設立し、身分を問わず教育を提供した
- 書道の名手としても知られ、「三筆」の一人に数えられる
- 835年: 高野山で入定【にゅうじょう】(永遠の瞑想)に入るとされ、現在も高野山奥の院で修行を続けていると信じられている
- 921年: 醍醐天皇により「弘法大師」の諡号が贈られた
空海の生涯は、仏教だけでなく、日本の文化や思想、教育、社会基盤に多大な影響を与えた。唐から帰国した空海は、大陸文化と日本文化の結びつきを達成し、真言密教という哲学的宗教を軸に文学教育から土木灌漑に至るまで八面六臂の活躍を、その秘密のベールに覆われた死?(入定)の直前まで続けたのである。
真言宗の開宗
空海は、唐(現在の中国)で密教を学び、日本に真言密教を伝えた。これにより、真言宗を開宗し、日本仏教に新たな視点をもたらしたとされる。真言宗の教えは「即身成仏」(この世で仏になること)を中心とし、大日如来を本尊としている。
真言密教の習得は、困難を極めるとされていた。膨大な量の真言密教の経典を読破するにはそれなりの時間を要する。それが、唐の長安に辿り着いた後、わずか三カ月で密教のすべてを、それも恵果阿闍梨から直々に伝授されている。
恵果阿闍梨は約2000人の弟子をさしおいて当時は一介の留学僧でしかなかった空海を密教の後継者に指名したのである。
その本当の理由は未だ解明されていないという。しかしながら、密教がやがて中国から消えるように亡んでしまった現実をみせられた時、恵果阿闍梨には先見の明があったのではないかと私は思うのである。
高野山の開創
嵯峨天皇から高野山を賜り、金剛峯寺を建立した。高野山は真言宗の総本山として、現在も多くの信者にとっての重要な聖地である。
教育の普及
空海は、828年に綜芸種智院という日本初の庶民教育機関を設立した。この学校では身分に関係なく教育を受けられる機会を提供し、学問の普及に貢献した。
土木事業への貢献
香川県の満濃池の改修工事を指揮し、堤防の修築を成功させた。この工事は、当時の技術水準を超えるもので、現在もその堤防が使用されている。
書道と文化活動
弘法大師空海(号は遍照金剛)を描いた書籍は数多い。そこには、空海はその多彩な才能から大天才であったと記されている。その多彩な才能とは何か?
最初に挙げられるのが、「書の天才」であったことである。「弘法も筆の誤り」ということわざも残されているほどである。書の本家、唐の長安でも舌をまかれた程の書を披露したことが伝えられている。
空海は「三筆」の一人として知られ、書道の名人でもあった。その書は力強く、芸術的価値が高いとされている。
絵画に使用する顔料についても造詣が深かったようだ。空海は密教を唐から持ち帰る際に、密教を教えるには華麗な曼荼羅の絵が必要と考え、その曼荼羅を描くためには紙、顔料、筆が必要と考えたのである。そのため、筆の作り方や紙の作り方も習得して帰国している。
すなわち、密教を日本に持ち帰るために美術工芸も持ち帰ったのである。社会科授業では、空海は唐から密教を持ち帰ったとしか学ばなかったけれども、実は、空海は文化と工業技術も持ち帰ったのである。
書籍にも具体例が紹介されている。真言密教の壮麗な灌頂の式を執り行うために必要な三鈷杵【さんこしょ】などの法具は錫【しゃく】、すなわちスズで出来ているが、当時の日本には治金や鋳造の技術はおろか、彫金の技法もなかった。
空海は唐での短い滞在期間で、気の遠くなるような文化と工芸、工業の技術をマスターしている。それもたった一人でやり遂げている。これが大天才と称される所以である。
また、詩や文学にも優れ、多くの著作を残したという。
精神的な影響
空海は、入定(永遠の瞑想)に入ったとされ、今も高野山で修行を続けていると信じられている。この信仰は、彼が日本仏教においていかに重要な存在であるかを物語っている。
日本各地にお大師さんの伝説が数多く残されているのは、超人であった空海なら不思議はないのかもしれない。
しかし、常識的には、高野聖と呼ばれた修行僧の業績も合わさって後世に伝えられていると理解するのが妥当なようにも思う。
もっともその真実を知ったところで、弘法大師空海(お大師さん)への敬愛の念は消えることはないだろう。
あとがき
弘法大師空海の生涯と功績を調べ、学ぶことは、リベラルアーツの学習に非常に役立つと思う。リベラルアーツは人文学、社会科学、自然科学などを通じて幅広い教養を身につけることを目的としているが、空海のような歴史的偉人の探究は、下記のような多方面からの学びを得る機会を提供してくれると思う。
歴史的洞察
空海の生涯を通じて平安時代の政治、宗教、文化の背景を知ることで、日本の歴史への理解が深まる。彼の唐留学や遣唐使の時代背景を学ぶことは、国際的な交流の歴史にも繋がる。
哲学的探求
空海が伝えた真言密教の思想には、宇宙観、生命観、悟りへの道が含まれている。これらの考え方を学ぶことで、哲学や倫理の理解が深まり、現代の問題に応用する視点を養える。
文学・芸術の探究
空海は、詩や書道にも優れた才能を発揮したという。彼の作品を通じて、平安時代の文学的な美意識や書道の技術を理解することができる。
社会への洞察
空海は、教育機関「綜芸種智院」を設立して、庶民教育を推進した。この取り組みは社会福祉や教育のあり方についての議論を深める材料となる。
創造力の刺激
空海が行った満濃池の改修や寺院の建築などの事業からは、創造的思考や問題解決の力を学ぶことができる。彼の幅広い業績は、革新の精神を学ぶ良いモデルである。
精神的な探求
空海の「即身成仏」の思想や深遠な宇宙観は、現代の自己探求や精神的成長を考えるきっかけとなる。
弘法大師空海は、多様な学問領域を横断するような存在であり、その生涯と功績を学ぶことは、リベラルアーツの本質である多面的な思考や教養を育むことに繋がると確信する。