投稿者: takaaki.nishioka

  • 大国主神を祀る金毘羅神社と日吉神社・山王神社

    はじめに

    古事記や日本書紀で日本神話を学ぶ前は、大国主神【オオクニヌシノカミ】と大物主神が同一神であることも、大己貴神【オオナムチノカミ】と呼ばれることすらも恥ずかしながら全く知らなかった。

    目次
    はじめに
    金毘羅神社
    金刀比羅宮【香川県】
    日吉神社・山王神社
    日吉大社【滋賀県】

    金毘羅神社

    金毘羅神社【こんぴらじんじゃ】は、御祭神として大物主神(=大国主神)を祀る神社で、全国各地に約1,900社が存在するという。金毘羅神社の総本社は金刀比羅宮(香川県琴平町)である。

    金刀比羅宮は、元々はその鎮座する象頭山の神を祀るものであったという。古くから象頭山は瀬戸内海を航行する船にとって目印とされてきた山でことから、象頭山の神は航海安全の神として信仰されるようになった。

    また、航海安全だけでなく、祈雨の神として農民からも信仰されてきた。

    金刀比羅宮御本宮へは長く続く石段を登って行かなければならない!

    金刀比羅宮【香川県】

    金刀比羅宮(香川県琴平町)は、琴平山(別名「象頭山」)に鎮座する神社である。

    御本宮の御祭神は、大物主神崇徳天皇である。古から農業・殖産・医薬・海上守護の神として信仰されている。

    また、石段1,368段目の山中には、金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命をお祀りする厳魂神社奥社)が鎮座する。

    金刀比羅宮旭社
    金刀比羅宮御本宮

    往古は「琴平神社」と称し、 大物主神のみを祀っていたが、本地垂迹説の影響を受け、「金毘羅大権現」と改称し、永万元年(1165年)に相殿に崇徳天皇を合祀した。

    大物主神は、天照大御神の弟である建速素盞嗚命(たけはやすさのおのみこと)の御子、大国主神和魂神(にぎみたまのかみ)で、農業・殖産・医薬・海上守護など広汎な神徳を持つ神様として全国の人々の厚い信仰を集めている。

    神代の昔、琴平附近は海岸で、今の琴平の地は良い港であつた。当時、琴平山は瀬戸内海に浮かぶ島であり、そこに大物主神は行宮を造られた。その行宮跡に大物主神を奉斎したと伝えられている。

    現在も、琴平山の鬱蒼とした樹林の各所には、往古の遺跡と思われる場所があり、境内のそこかしこで大物主神の偉業が偲ばれるという。

    また、そのような謂れもあり、今もなお「海の神様」として広く親しまれている。


    崇徳天皇(1119-1164年)は、第75代天皇(在位 1123-1141年)であった。保元の乱(1156)の後に讃岐国(現在の香川県)にて金毘羅大権現を崇敬し、境内の「古籠所」に参籠された。

    また、その附近の「御所之尾」を行宮にされた、と伝えられている。讃岐国にて崩御された翌年の1165年、金毘羅大権現は象頭山(=琴平山)に神霊を迎えて、御本社相殿に「崇徳天皇」として奉斎した。

    崇徳天皇の神霊を奉斎してからの金毘羅大権現の神威は、以前にも増して輝き渡ったという。

    近世、「こんぴらさん」の神威は益々著しく、江戸時代中頃の桃園天皇の御代、宝暦3年(1753年)12月、金毘羅大権現を勅願所とすることが仰せ出され、1760年5月、日本一社の綸旨を賜わった。明治初年(1868年)に至るまで毎年春秋の2回、禁中より御撫物(おなでもの)が別当に下賜され、宝祚悠久(ほうそゆうきゅう)を祈願していた。このように金毘羅大権現は歴朝の尊崇を受けた。

    また、諸国の大名武将から一般庶民に至るまで広く信仰された。全国的な航路の発展とともに航海者の信心を集め、全国に勧請(かんじょう)されて金毘羅講が各地におこり、その神徳はさらに高まった。明治元年(1868年)、神仏混淆が廃止され、金毘羅大権現は元の琴平神社に復り、同年7月に宮号を仰せられて「金刀比羅宮」と改称し、現在に至っている。

    門前町から御本宮までの785段の石段、 御本宮の金幣、「幸せの黄色いお守り」、書院(重要文化財)の円山応挙の障壁画などが有名である。


    日吉神社・山王神社

    日吉神社【ひよしじんじゃ】あるいは山王神社【さんのうじんじゃ】は、山王信仰に基づいて日吉大社より勧請を受けた神社で、全国各地に 約3,800社があるとされる。

    御祭神は、大山咋神【オオヤマクイノカミ】と大国主神である。

    山王」とは、霊山を守護する神霊のことで、ここでは比叡山の地主神である大山咋神のことを指す。

    また、平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。


    日吉大社【滋賀県】

    日吉大社(滋賀県大津市)は、比叡山の麓に鎮座し、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮で、約2100年前の崇神天皇7年に創祀された。

    平安京遷都の際には、この地が都の表鬼門(北東)にあたることから、都の魔除・災難除を祈る社として、また伝教大師が比叡山に延暦寺を開かれてよりは天台宗の護法神として崇敬を受けて、今日に至る。

    日吉大社には約40の社があり、全ての神様を総称して「日吉大神」と呼ぶ。大社の中心となるのが山王七社である。

    山王七社 御祭神
    西本宮大己貴神【オオナムチノカミ】
    東本宮大山咋神【オオヤマクイノカミ】
    宇佐宮田心姫神【タゴリヒメノカミ】
    牛尾宮大山咋神荒魂【オオヤマクイノカミノアラミタマ】
    白山宮菊理姫神【ククリヒメノカミ】
    樹下宮鴨玉依姫神【カモタマヨリヒメノカミ】
    三宮宮鴨玉依姫神荒魂【カモタマヨリヒメノカミノアラミタマ】

    日吉大神の御神徳は、方除け・厄除け・縁結び・家内安全・夫婦和合・商売繁盛等である。

    方除・厄除の大社を語る上で欠かせないのが、神の使いとされる「神猿まさる)」である。

    元来、比叡山には猿が多く生息していたが、いつの頃からか魔除けの象徴として大切に扱われるようになった。

    「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じるようにつけられた名前であり、縁起のよいお猿さんである。


    【参考資料】
    金刀比羅宮 【公式サイト】
    日吉大社【公式サイト】
    ウイキペディア (Wikipedia)